パラレルワールド 27

               ☆

 今日はこれといって予定もなかったので、グリーヴァへ行き生で鳴らされるミュージックを浴びることにした。 

 こうしてグリーヴァに来るのはまだ2回目だが、もう何度もここへ来ているようなそんな心地よさがこの場所にはあった。

 やはりミュージックは最高だ。

 バーテンも僕に気づき、こちらに向かって軽く微笑んだ。

 今日はメインのラウド・ロックバンドに加えて田舎町から1人出てきた飛び込みのソロミュージシャンが前座を務めるらしい。よくある話だ。


 MCの紹介を受けて前座のソロミュージシャン、タイシノムラが登場する。

 演奏を見る限り、荒削りというかまだ洗練されき切っていないという感じだ。

 悪くはない。
 それなりに光るものもある。
 それなりだけどね。

 メインアクトのラウド・ロックバンド目当ての客がちらほらとフロアに入って来る程度で、タイシノムラのステージを真剣に見ている客なんてほとんどいないに等しかった。

 もっと言えば、タイシノムラのステージを真剣に見ていたのなんて客席の左端にいた一人の青年だけだった。

 今日のこのグリーヴァのステージにタイシノムラが存在したことなど、誰の記憶にも残ってはいない。

                ☆ 

 「次はいよいよコンテスト本番すね。」
 「ああ・・、まあ精一杯やるさ。せっかくはるばるトーキョーまで来たことだしね。」

 出番を終えたタイシノムラは客席から熱心にステージを見つめていた青年(トキオ、という名前らしい)と喋っていた。

 会話の内容から察するに、彼らは同郷の先輩・後輩のようだった。

 「また一緒に音出しましょうよ。コンテストがおわったら・・、もちろんコンテストが終わらないことが一番ですけど。」

 ステージではメインアクトのバンドが準備を始め、フロアには続々と人が集まりそれに合わせて熱気と期待が高まっているのが分かった。

 先ほどまでのタイシノムラのステージになど、誰も興味を示さなかった。

 ふいにタイシノムラは思いついたようにこう言った。

 「それならさ、コンテストの本番はトキオがベースを弾いてくれよ。」

 「え?マジっすか!?」

「大丈夫だって!まだ1週間あるし、べース弾いてくれよ、一緒に出ようぜコンテスト。なろうぜ一緒に世界NO.1!」

 ステージを終えたタイシノムラはさっきまで熱心にステージを見ていたこのトキオという青年を半ば強引にメンバーとして引き入れようとしていた。

 そしてタイシノムラは「一生のお願い」をまさに今発動しようとしている。

 「正直俺一人じゃ予選突破はキツいだろうけどさ、トキオがいればイケる。きっとイケる。行こうぜ決勝のリヴァプール。」

 トキオ、という青年もだんだんその気になってきたようでグリーヴァの電話を借りて何処かに連絡していた。
 たぶんアルバイトの予定を調整しているのだろう。

 
 タイシノムラの目論見はおそらく正しい。

 「Ouroboros」のギター・リフは生バンドでこそ映えるはずだし、「ライトノベル」のべース・ソロがあらかじめ録音されたオケなのはなんとも間が抜けていた。


 ・・・??

 ???。

 それにしても我ながら感心する。
 今日初めて聴いたタイシノムラの曲たちを、よくもまあここまで鮮明に覚えているものだ。

 僕のレコード・マンとしての才能は本物なのかもしれない。
 
 僕はレコード・マンとして、タイシノムラ達が何処まで行けるのか追いかけてみたくなった。

 December 13

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