パラレルワールド 26

               ☆

 僕はダンシング・ネコのいるステージの真ん中へ駆け寄り、彼を抱き上げた。

 「はじめまして、だな。自己紹介は手短に、君のファン第一号だ。
 一応君はネコということで、TV局としては未成年の枠での扱いということだ。
 僕は今日に限り君の保護者ということになっている。そういうことなのでヨロシク。」

 ダンシング・ネコはほんの少し笑顔を見せて、力なく頷いた。
 「いつだったかジャーキーくれたの・・、あんたか?」

 「さあね、君のファンは僕だけじゃないだろうからな」

 こんな状況ではあるが、僕はすっとぼけることを選んだ。
 この大歓声の中だ。ダンシング・ネコにこの声は聞こえてはいなかったのかもしれない。

 ダンシング・ネコは僕に抱えられ、ステージを去った。
 彼は残された力の精一杯で、この日のオーディエンスに力なく手を振り続けていた。

 彼を、ダンシング・ネコの存在を認めてくれた全ての人に向けて。


 モリータはおそらく台本にはないであろうこのタイミングでマイクを手に取った。
「今夜我々は・・歴史的瞬間の証人となったのかもしれませんね」

 会場にどよめきが走る。

 モリータが生放送のオンエアー中にアドリブでいち出演者・・しかも素人に賛辞を贈るなど、前代未聞のことだった。
 それはもうほとんど、「優勝確定」と同義語だった。

 そんな突然の出来事に番組プロデューサーは慌てていた。
 
  

              ☆

 あれだけの大歓声を浴びたにも関わらず、ダンシング・ネコは優勝できなかった。

 ・・時間オーバーで失格。
 これがダンシング・ネコのこのTVショーでの結果だった。

 登場からステージを去るまで、それは3分以内でなされなければならなかった。

 あと一歩、華麗にステージを去る力が、ダンシング・ネコには残されてはいなかった。

              ☆

 会場にいた全てのオーディエンスが、審査結果に異を唱えていた。
 
 でもまあ、賞レースというのはこういうものなんだろう。
 優勝して、のちにタレントとしてTVショーの常連となるそのアイドルは、有名なタレントの娘で、そしてこの番組のプロデューサーと深い関係にあった。

 でもダンシング・ネコにとってそんなことはもはやどうでもよかった。

 全力を出し尽くし、あの会場を埋め尽くしたオーディエンスからの惜しみない大喝采をその身体中に浴びることが出来たのだ。

 ダンシング・ネコはこの日、その存在をたくさんの人々に認められた。

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ついに世の中に自分の存在を認められたことを彼は誇りに思えたか、それともただただ「踊る」ということを命の限りに続けられたことを幸せに思っているのか、その答えを聞くことは出来ないし、彼にしかわからないことだった。

「せめて聞かせてくれよ?精一杯やったか?楽しかったか?」

「うん」
ネコは・・もう動かないダンシング・ネコが穏やかな表情で頷いてくれたような、そんな気がした。



僕はそのネコを何処かに埋めてやろうと思った。

君に名前はあったのだろうか?
それは分からない。

それでも君は最後の最後に名前を勝ち取ったんだ。

ーー土砂降り雨が、降りだしたら、みんな家に帰る

 誰も居なくなりゃ しめたもの

 思いっきり 踊るのさ

 誰にも見つからないように、雨の中で踊った

   でも本当は見つけて欲しくて、精一杯踊っていた

 ダンシング・ネコさ ひとりぼっちの、ダンシング・ネコさ

                      いつもそうさーー


僕は君の名前を知らない。
いや、始めから君に名前なんてなかったのかもしれない。

でも僕は、君のことを何と呼べばいいのか知っている。

「ダンシング・ネコ」

君こそは、ダンシング・ネコだ。


               ☆

 僕はニュースペーパーに記事を出し、そしてそれはすぐに掲載された。
 
 「ダンシング・ネコ去る。ラストダンスは先日放送のモリータのザ・シークレット・アート。ファンレター、花、差し入れ・・こちらまで。」


              ☆

 ダンシング・ネコはいつもの廃材置き場で眠っている。
 一つだけこれまでと違うのは、彼が、ダンシング・ネコが躍るその姿を見ることはもう二度と叶わないということだった。

 彼の・・ダンシング・ネコが眠る場所はまるで盛大なコンサート会場のバックヤードように色とりどりの花が飾られ、読み切れないほどのファンレター、永遠に尽きることのない高級レストランのバイキングのような差し入れで溢れかえった。

 全ての人が・・いや全てのファンがあの生涯一度きり出演したあのTVショーのことを口にした。

 みんなあのTVショーで踊った一瞬で彼の虜になったのだ。
 ファン第一号である僕を除いては。

 みんなが大好きになったのは、彼のダンスの腕前やその可愛らしい見た目だけではなかったのだろう。

 自分が心の底から「好きだ」と思えるものに対してただただ正直であり続けたこと、とっても不器用で、恥ずかしがり屋ではあったけれど、「ネコだから」という理由で彼はダンスを諦めたりはしなかった。

 そして彼は最後にステージで拍手喝采を浴びた。
 
 そんな彼のストーリーこそが人々の心を動かしたのだと僕は思う。

 いつしかこの街で使われる辞書には「ダンシング・ネコ」という言葉が加えられ、それは意訳として「夢を諦めない人」という意味を持つようになった。

 

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