パラレルワールド 19-2

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 「ふふふ。素敵じゃない。私も見てみたいわ、そのダンシング・ネコ。」

 出来上がったばかりのクリームシチューを皿によそい、買ってきたばかりのziggy stardustのミニ・レコードを再生しながら、僕は今日帰り際に見かけたダンシング・ネコのことを彼女に話した。

 「それにしてもあなたの周りにはよく不思議なことが起こるのね。」
 彼女はそう言った。

 「ああ、そういう引きの強さもレコード・マンとしての才能の一部なのかもしれない。」

 「きっとそうなのよ。そして巡り合うべくして巡り合っていたものばかりなのよ、きっと。」
 彼女は物事に対してとても肯定的だった。

 そしてもしそれが本当なのだとしたら、僕とダンシング・ネコが出会ったことには何かの「意味」があるということになる。

               ☆

 「私にとって”未来”っていうものは・・すごく大げさに言うと”恐れ”という感情を向ける対象だったわ。
 夜眠って次の朝が来ることがとても怖かったし、仮にちょっとハッピーな日があったとしても、それがすぐに過去のものになってしまうっていうことを考えると、とても怖かったわ。」

 僕は深く頷いた。

 「でも今はね・・。」  
 彼女は続けた。

 「未来というものに対して肯定的になれるの。もちろん以前に比べてっていう程度だけれど。」
 僕は言葉の続きを催促するように再び頷いた。

 「これまでは・・あらかじめ決まっていた未来をなぞっているだけのような気がしていたのよ。
  私の「未来」は得体のしれない・・例えば「神の手の中」みたいなところにあって、行き着く先も結末も初めから決まっている。

 幸運や幸せの量も初めから決まっていて、1つの幸せが通り過ぎていくということは私の人生の中に残された幸せの数がまた一つ少なくなっていくということと同じなんだと思っていたの。
 だから、私にとって”未来がやってくる”ということは、一つ一つ失っていって、空っぽになっていくってことだったのよ。」

 僕は彼女の考え方、物事に対しての感じ方に惹かれていた。

 これまで自分でこんな風に言葉にしたことはなかったが、僕自身が物心づいた頃から今に至るまでの間ずっと心の奥深くで感じていた喪失感のようなものは、きっと彼女が言っていることと同じ類のものなのだろう。

 そして彼女は続けた。その瞳にすこしだけ希望が差し込んできたようにも見えた。

 「でもあなたに出会って、私は未来っていうのは切り開くことが出来るんだって知ったの。let it be..なるようになるだけの人生なのかもしれない。でも、ほんの少し角度を変えて見れば、それはどんなふうにだってなれるっていうことなのかもしれない、そう思えたの。」

 そういって彼女はリチャードのワンマン・ショーについてのレポートと、程なくして開催が決まった追加公演の新聞記事を手に取った。
 もともと生産数の少なかったリチャードのミニ・レコードは今どこのレコード店でも品切れが続いている。 

 紙面を埋めるネタ不足に頭を抱えていた新聞社からの提案とリチャード本人の許可を得てリチャードのワンマンショーの「記録」はニュース・ペーパーに掲載されていた。

 「きっとあなたの・・レコード・マンの”記録”は、未来を切り開くものなのよ。
 あらかじめ決められた未来を離れてどこへだって行ける。
 あなたも、私も。」

 

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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…

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