パラレルワールド 34 おじいさんとの日々編

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 メモを頼りに辿り着いたのは自然に囲まれたとあるホスピタルだった。

 受付で用件を告げると食堂を兼ねた談話室のような部屋に案内された。

 そこには9人もの男女が待ちくたびれたとばかりに僕に視線を送っていた。
 おそらくはその9人の男女のまとめ役なのであろう1人の青年が立ち上がり握手を求めてきた。

 「はじめまして。私はコーキ。今回あなたにお願いしたいのは私達の祖父・・おじいちゃんの、おそらくは最後になるであろう僕たちとの日々を記録しておきたくて、あなたをおよび立てしました。」

 そんな予感はしていた。

 「そうですか・・。私には少し荷が重いかもしれませんが。」 
 僕は正直な思いを返事の言葉として返してみる。  

 「いえいえ、新聞であなたの、レコード・マンの広告を見つけたとき胸が踊ったんです。今この部屋にいるのはみんなおじいちゃんの孫なんです。誰もが本当に可愛がってもらった。でも世知辛い世の中です。こんな時でさえ、暮らしの為の仕事の合間にしかおじいちゃんに会いに来ることは出来ません。」 

 
 コーキは続けた。

「あなたの記録があれば僕たちは全員が、おじいちゃんが伝えようとする言葉、表情・・発せられる全てを受け取ることが出来る。おじいちゃんはこれから先の未来の中にも、全ての孫の中に存在出来るんです。」

 コーキは穏やかに、それでいて強い思いを僕に、レコード・マンにぶつけていた。

 「やりましょう。やります。やらせて下さい。」

  僕は考えるより先に返事をしていた。
  心の底から、自分に出来ることをしたい。そう思った。
 「記録されるべき」言葉が、日々が、思いが、ここにあるのだ。

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 (こういう経緯でレコード・マンをやっているので)ギャラは要らない、僕は彼らに対して何度も言ったのだが孫たちは決してそれを了承せず、結構な額のギャランティを提示していた。

 どちらもなかなか譲らないが結局、ギャラは頂くがこの病室に花を飾ったり、みんなで囲む為のお茶やお菓子を僕から送らせていただくという形で決着が着いた。

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 そういうわけで夜の10時から朝の7時を除いて、僕はおじいさんの病室で時間を過ごすことになった。

 「ははは、嬉しいねえ。最後に孫がもう一人増えるとはねぇ。」
 
 おじいさんは弱々しくも確かに声を出して笑った。
 気高い冗談だった。

 おじいさんの病室はいつも賑やかだった。
 入れ替わり立ち代わり、孫達は病室へ顔を出した。

 おじいさんは孫達が病室にいる間はいつも笑い、僕と二人きりになると一息ついて疲れ切ったようにスヤスヤと眠っていた。

 それでもおじいさんは最初の数日間は僕にさえ気を使ってはたくさん声をかけてくれていた。
 僕と二人の時くらいはなんの気も遣わずに、リラックスしていてほしかったから、

   「休むのもお仕事ですよ。そして明日が楽しみですね。僕もおじいさんも。」
 生意気だけれど、僕はおじいさんにそんなことを言ってみた。

 するとおじいさんは
 「うんうん、そうだよね。」
  といってスヤスヤと眠った。

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 おじいさんは孫が病室にいる間はとても病に侵されているとは思えないくらいに元気で陽気に振る舞っていた。

 まるで「みんなが大好きだったおじいちゃん」という役を、最後の最後まで力の限り全うしようとしているようにも見えた。

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 朝起きると僕はおじいさんの病室に顔を出し、渡されたメモを片手に歩いて20分ほどの所にある駄菓子屋へ行くのが日課になった。

 その日に病室を訪れることになっている孫達が小さい頃に好きだった駄菓子を買いに行くのだ。
  
 おじいさんは一人ひとり、どの孫のことも本当によく覚えていて、僕が部屋に戻って、おじいさんが「この子にはこれ!」と指定したお菓子がその駄菓子屋に置いていていなかったことを伝えたときのガッカリ具合といったらなかった。

 「コーキはグミだよ。
 やたらカラフルなお菓子が好きなんだ。
 それも面白い形をしてるとなおいい。
 食べたあとの入れものもよく集めてたよ。」

 そんな話をするときのおじいさんは、まるで少年のようにキラキラとしていた。

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 僕はおじいさんが、病室を訪れた孫のために駄菓子の包みを一つ一つ剥いてあげている姿がたまらなく好きだった。

 「ありがとう」って言いながら美味しそうに駄菓子を食べる、今はもう大人になった孫たちのそんな姿も。


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 みんなが分かっていた。
 残された時間がもう少ないことを。

 だからこそみんな、出来るだけたくさん笑おうとしていた。

 
 僕はこの仕事が永遠に終わらないことを願った。
 

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