パラレルワールド 43
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タイシノムラが読み上げるtankaの後ろではトラブルの原因が全くもって分からないスタッフの罵声が飛び交っていた。
「一体何故なんだ!!」
「何故かは分かりません!!しかし何故かベース・アンプには通常の2倍、ギター・アンプには3倍の電圧がかかっていたようで・・!!」
タイシノムラの詠う5.7.5.7.7の心地良いリズムに身を委ねながら僕は苦笑いする。
自業自得だよタイシノムラ。
時間圧縮を繰り返したせいで、パラレルワールドとはいえお前が三人同時に同じ場所で全力でギターを弾くんだ。トキオのベースだって時空を超えた二重奏だ。そりゃアンプだってブッ飛ぶさ。
突如けたたましいハウリングがこだまする。
「復旧しましたー!!原因は分かりませんーっ!!」
ハウリングとスタッフの絶叫がタイシノムラの声をかき消して、tankaの最後の1行は聴こえなかった。
イベント・オーガナイザーは青い顔をして「早くしろ!」と大振りのジェスチャーをステージに送っていた。
「君たちに残された時間はあと5分だ!すまない!君たちに責任はないがこれ以上の時間はない!!」
5分か・・。
タイシノムラの曲はどれもかなり短いがそれでも1曲3分はある。
演れて1曲だ。
笑えて、そして泣けてくる。
自業自得もいいところだタイシノムラ。
時間圧縮を繰り返してまでメンバーをかき集め、結局フルバンドで演奏させてもらえるのはたった1曲とは・・。
僕は客席の最後尾のバーカウンターの前に居た。
振り返るとバーテンが栓を抜いたハイネケンを僕に手渡した。
「オゴリということで。こんなふうに流れに逆らってはみ出してみるのは初めてです。」
僕は手渡されたハイネケンをすぐさま半分以上飲み干して、ステージを見つめた。
残りは、おそらく全てを注ぎ込む一曲に選ばれる「ウロボロス」をより堪能するためにとっておく。
ウロボロスというのは「輪廻転生」という意味も込められているからね。
時間圧縮を繰り返す君にはピッタリだ。
「不格好だなあ、タイシノムラ。君は時間圧縮を繰り返してようやく辿り着いたこの舞台でさえ運に見放されたんだ。音楽の神にさえ見放された。」
僕は手元のメモに「今」の感情を書きなぐる。
ーレコード・マンとして。
ペンがひとりでに動き出す。
「それでも君は、無謀な時間圧縮を繰り返して、"仲間"だけはこの舞台に連れてきた!
何故今君が笑っているのか!?僕には分かる!!
それこそが君の追い求めて来たものだからだ!
君がなぜこのコンテストの本番を時間圧縮の終点にしなかったのか、君たち三人がそろう瞬間を終点にしたのか、僕には分かる。
仕留めろ!一発で、一曲で充分だ!!
タイシノムラ、君は決して大したミュージシャンではない!
しかし!君がこれまで出会ってきた全てのギタリストが、全てのミュージシャンが、君の味方をするのなら、君は、いや君たちは勝てる!!」
タイシノムラは慌てながら喋る。
「あのー!!これから一曲だけ演奏するのはウロボロスっていう曲で、タイトルのウロボロスっていうのは故郷で僕の親友のバンドがやってたイベントの名前を拝借してうんたらかんたら・・」
どうしようもないヤツだホントに!!
仕方がないひと肌脱ごう。
「バカヤロウ!時間がないんだ!!演れ!弾け!歌え!そしてお前は刻め!ウロボロスを、演れ!!」
ドラムのタケルがええいままよとカウントを出す。タイシノムラとトキオは一瞬慌てたが4つのカウントが終わる頃には呼吸が揃っていた。
聴くのはわずか二度目のはずの、でも何度となく聴いて耳に馴染んだウロボロスのリフがグリーヴァに響いた。
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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…
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