パラレルワールド 39

2019年10月 東京 新宿

4年振りなのか、5年振りなのか・・
思い出そうとしたが記憶は曖昧だった。

ただただ・・トキオの変わらない佇まいや纏う雰囲気に、僕はまるで「本当の」家に戻ってきたような感覚をおぼえていた。


I GO BACK HOME.


そう・・扉を開けて「飛び込む」ことで僕は家に戻ってきたらしい。

(※I GO BACK HOME・・かつて僕とトキオが参加していたロックバンドThe pianos 1枚目のアルバム。僕もトキオも当時はメンバーではなかったためレコーディングには参加していない)


東京に来てトキオに会うのは今日で2度目になる。

1度目は僕が東京に着いたその日、トキオが参加しているバンドのライブを観に行って、そこで再会していた。

トキオも忙しいし、僕も夜行バスでほとんど眠れていなかったこともあり、次の約束だけしてその日は別れた。


              ☆

待ち合わせは御茶ノ水駅。
楽器屋巡りでもしようということになった。

だからといって二人とも特に何か買うものがあるわけでもない。

楽器屋を覗いて、小物を眺めたり値段の書かれていないビンテージのギターやベースに恐れおののくくらいだ。

僕らは昼食に丼物を食べて、カフェに入ってコーヒー一杯で長い時間粘り続けていた。


「ヒー イズ ナイス ベース プレイヤー」

スマホを片手にトキオはyoutubeで、世界的ベーシストを称賛するコメントを書き込み続けていた。

どうやら次はポールマッカートニーに狙いを定めたらしい。


トキオが変わったと思えるのは、自身の演奏動画をyoutubeにアップし始めたことくらいだ。

世界的ベーシストの動画にコメントを残すことで流入を促し、自らの演奏動画の再生回数を伸ばすという作戦らしい。

「この動画は1億2000万回再生されてるんで、おこぼれも凄いっすよ、たぶん。」


ポールマッカートニー、ジャコ・パストリアス・・。

トキオは名だたる世界的ベーシストにコメントを書き続けていた。

「ベリー ナイス プレイ」


その英語があまりにもカタコトで、一周回ってもはや失礼にしか思えなくて、僕はケラケラと笑った。久しぶりに声を出して。


何でもない瞬間だけれど、それはとても心地よくてそしてとても懐かしかった。


そう・・昔っからそうなのだトキオは。

ただそこにいるだけで、何度助けられたかわからない。これを他の人に言葉で説明するのは難しいのだ。


例えば昔バンドでツアーに出たことがある。

機材車を交代で運転しながらの移動なのだけれど、お金がないから出来るだけ下道で、当然ホテルに泊まるなんてのはめったになくて車中泊も多い。

必然的に常にメンバーと一緒にいる時間は長くなる。

イライラすることもある。

それで、せめてライブがすごくいい出来ならいいのだけれど、やっぱり出来の悪いときもある。

そうなるとピリピリしてしまうのだ。どうしても。

そんなとき、場の空気を和らげてくれるのだトキオは。
ただそこにいるだけで。

素晴らしい才能だ、と僕は思っている。今でも、たぶんこれからも。


ケラケラ笑いながらyoutubeへのコメントを書き続けるトキオを見ながら、僕は彼に陽が当たる日を願っていた。心から。


結局トキオと僕はカフェをハシゴしていた。

暗くなり人でごった返す新宿で、空いているカフェを探して僕らは歩いた。

「あ、カフェありますよ!ここなら空いてそうですね」


偶然通りかかったそのカフェに、僕らは入ることにした。

「喫茶店〇〇」、漢字で書かれたコーヒーの文字に少し非日常を感じて僕はようやく観光気分を味わったりもしていた。


「本格的なカフェっすね」

和風で、どこか大正時代の大金持ちの家みたいな雰囲気の店内、僕らは店の隅に陣取ってメニューを開いた。


そして・・


目を疑った。



ブレンドコーヒー・・1080円

アメリカンコーヒー・・1100円




・・・。


・・・。




いや別に払えない金額ではない。

僕らは二人とも30歳を過ぎた大人だ。

痩せ我慢と言う選択肢もある。


そして、一応2つ歳上なのだ僕が。
これまでの感謝を込めて1080円のコーヒーをトキオにご馳走するというのがいちばん理想の形だろう。



しかしながらそこで頭をよぎるのだ。
もう2019年の10月に入っている。

1080円のブレンドコーヒーには、さらにプラスで100円ちょいの、10%の消費税が乗っかってくるのだ。


ウェイターさんはやってきた。
「ご注文は?」



「東京こわいよー」

なんの解決にも、ウェイターさんへの答えにもならないことを考える僕の向かい側でトキオは、



「急用」を思い出した。


「スイマセン!急用を思い出したんでやっぱ帰ります!」

とウェイターさんに告げ、僕らは店を出た。



ホント・・ありがとなトキオ。

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