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紙袋の中身は

2023年、1月1日。
気がつくともう年が明けていた。
2022年はもう2度と戻って来ない。
ひとつ歳を重ねるたびに、時間の流れが早く感じるようになるのは何でだろう。

わたしは今、両耳に挿したイヤフォン越しに大好きな曲を聴きながら電車に揺られている。

元旦なのに思っていたよりも人が多く乗っていてびっくりした。
自分が乗った駅から3駅進んだところで小さな子供を連れた家族が乗ってきた。大きな声で無邪気に話す男の子はとっても楽しそうだ。窓の外にいるであろう遠い地に住む家族に一生懸命手を振っている。
わたしはこういう瞬間を見るたびに心がほっとあたたかくなる。

自分にもあんな時代があったのだろうが、
今わたしの隣の席には誰もいない。
あるのは母と祖母が持たせてくれた惣菜やら即席麺やらがいっぱい詰まった紙袋だけだ。

祖母が少しだけ曲がってきた背中を丸めて紙袋に食料を詰める後ろ姿や、見慣れたキッチンに立ちわたしの好物のコロッケをひとつひとつ揚げる、少し小さくなった母の背中が思い浮かぶ。

母の作るコロッケはいつも美味しかった。小さい頃からなにも変わらない味だ。芋をつぶして、野菜を炒めて、小判形に形を整えて、卵やパン粉をまぶし、油で揚げる。文字で書くだけでも一苦労なのに、母はわたしが久しぶりに実家に帰る時にはいつもコロッケを作ってくれた。
わたしはいつだって、些細な愛に囲まれていたのだ。

わたしもいつか誰かにこうやって愛を渡せるのだろうか。

小さな紙袋を携えて、わたしはまた日常に戻っていく。
今日、眠りについてしまえばきっとまた変わり映えのしない日々がやってくる。
2023年の1月1日は、寒くて、寂しくて、そして少しあたたかった。


この文章を書いているところで、10曲あるアルバムのうちの10曲目の曲が流れ始めた。


“ 君よ、もう振り向かないで ”

静かで優しい言葉が一人ぼっちのわたしの頭を撫でた。帽子を被っていて良かった。
わたしは小さく泣いた。
誰にも気づかれないように。

電車は淡々と前に進み続けた。
明日も生きていかなければならない。

紙袋が藍色でした

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