見出し画像

死んでしまえない渇望#62

少し前に書いたコラムで元カレのことを回想し、ネタにして笑える仕様にして仕上げた。

過去のくそみたいな恋愛がお金に代わるなんて最高なお仕事!

そう思ったけど、同時にたまに元カレが夢に出てきて重く、どうにもならない過去の私が出てきて憂鬱な目覚めの朝を何度か迎えた。

あの地獄を長引かせたのは自分なのに。朝6時過ぎ、うっすら目を覚ますと、旦那が洗濯物を干してくれている。

ああ、私の現実は夢よりもずっと立派で幸せで、これ以上はない。ありがたい。ほっとする。

仕事は、ありがたく順調で大事な家族も増え、私の余白が減り、

「いつか」

と胸に秘めていた野望が薄くなっていっているのを感じる。死に切らずに。

浮かんでは手を動かせずに瀕死状態の「小説を書きたい」という夢。

幸せの中にいたら、満たされて、仕事が忙しくて、子どもで時間がとられて。

積みあがっていく言い訳と、正しい幸せの壁。

「書きたい」という欲求よりも目の前の仕事を片付けてお金に換えることばかりを考えてしまう。

書くことでお金をもらうのが夢だったと、ちょとしたすり替えの正当化も叶うくらい、今の私は満たされている。

久しぶりに書きたいと思った今、私は金原ひとみに嫉妬し、お腹の中でうにうにと動く3人目の赤ちゃんに会って、もうまた時間がなくなることや、頭がスパークしてもうこれ以上そういう欲求が消えることが怖いとビビってしまっている。

後ろでは旦那が、美味しいご飯を作ってくれている。子どもの世話をしながら、お風呂も入れてくれて、最高の状態だ。

私は1円にもならない文字を衝動で書いている。

でも、私にはそれが必要なんだ。本音を吐く練習をしないと、どんどん物わかりのいい大人になって、生きることが最適になりすぎる。

私は、堕ちるには難しいところまで周りをつくりあげてしまった。

でも、まだあきらめたくない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?