トランスジェンダーと女性性
情報を整理したいと思って記事にしました。トイレ、更衣室の問題や、男女の非対称性がトランス女性と生得的女性に及ぼす影響について考えたことも書き留めました。
性同一性障害特例法
2003年以来、「性同一性障害特例法」によって、日本では以下の6つの要件を満たせば戸籍上の性別を変更することができます。
2人以上の医師により、性同一性障害であることが診断されていること
18歳以上であること
現に婚姻をしていないこと
現に未成年の子がいないこと
生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること(生殖機能要件)
他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること(外観要件)
この内争点となっていたのは5(生殖機能要件)と6(外観要件)です。
現在に至るまでの流れ
2023年10月25日、最高裁判所は
「憲法が保障する意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか、戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている」と生殖機能要件は無効だと判断し、外観要件に関しては高等裁判所で審理をやり直すよう命じました。
その後審理が続いていましたが、今月10日の決定で広島高等裁判所は、外観要件について「手術が常に必要ならば、当事者に対して手術を受けるか、性別変更を断念するかの二者択一を迫る過剰な制約を課すことになり、憲法違反の疑いがあると言わざるをえない」と結論付けましたが、「公衆浴場での混乱の回避などが目的だ」などとして正当性を認めています。
つまり、外観要件を維持した上で、これまで手術が必須とされてきた解釈を緩和し、申立人の個別状況に応じ性別変更の可否を判断する、という内容です。
生殖機能要件の違憲決定以来、トランス男性は、ホルモン投与で陰核が肥大していれば家裁が外観要件を満たすと判断する傾向にあるそうです。それ以来、手術を必要とするのは男性から女性への変更の申し立てのみとなっていました。
「手術無しで性別変更を認めてほしい」という申し立ては以前にもありましたが、2019年1月、最高裁判所は「変更前の性別の生殖機能によって子どもが生まれると、社会に混乱が生じかねない」として憲法に違反しないと判断していました。
考察
前提として女性と男性は多くの観点で対称ではないということを明記したいと思います。
性に関して最も顕著に問題になるのは性犯罪です。
人が被害者となった刑法犯における女性被害者が占める割合は25.9%ですが、そのうち強制性交等、わいせつでは女性被害者が占める割合は95.0%にのぼります。
(警察庁 令和4年の犯罪 罪種別 被害者の年齢・性別 認知件数)
同様に被疑者に関して、全刑法犯において女性が占める割合は21.9%、そのうち強制性交等では0.5%、1339人のうち7人です。
(警察庁 令和4年の犯罪 年次別 犯行時の年齢・性別 検挙人員)
性犯罪は男性が女性をターゲットにしたものが殆どを占めていることがわかると思います。
性暴力は被害者の人生を壊してしまうと言われています。その後何十年も日常生活に困難を抱える方もいらっしゃいます。
もし1対1で揉み合いになったとして、筋肉量1つとっても圧倒的に有利なのは男性です。女性のための場所で男性に見える人と遭遇した時の恐怖は、逆の場合とはまるで違うということも多くの方が主張される通りです。男性全体に対して恐怖を抱いている女性もいることでしょう。
またジェンダーギャップ指数でも指摘されている通り、特に政治経済分野では女性の参画は多くありません。そのため男性と比べると社会的な発言力は小さいのが現状です。性に関連したハラスメントを受けたり、結婚出産においてより大きな負担を強いられたりと、女性の権利が蔑ろにされていると感じることは日常生活でも多々あります。
こうした現状では、危険から逃れられるシェルターのような役割を女性専用スペースが果たしているところがあると思います。そう考えれば、今まで男性として扱われていた人がそういった場所に入ってくるということそれ自体に、女性の安全の基盤を奪われたように感じるのも無理はないでしょう。
トイレ、公衆浴場など
トランスジェンダーの方の暮らしに関して大きな議論を呼ぶのが、トイレ、公衆浴場などの問題です。ここでは他人に危害を加えないトランスジェンダーの方と、トランスジェンダーを名乗る犯罪者を区別して考えているということに留意してください。
そもそもこうした場を性で分けるのは、生殖機能要件の決定において最高裁も指摘したように、「己の意に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」を保護するためであると考えます。であれば、外観要件を満たすような方であればその利益を害することはないと考えてもいいのではないでしょうか。
また、公衆浴場や更衣室はその施設の管理下にあります。必ずしも戸籍の性に従う必要はなく、施設の側も他の利用者の利益を考えるとすれば、これからも体の性に基づいて区別がなされると考えていいと思います。利用者の側としては、そうしてほしいと主張し続けることも大切かもしれません。
しかし、咄嗟に犯罪者なのかどうか、通報するかどうかという迷いが生まれるのではないかと私も懸念しています。本人に声をかけたり、通報したりすることへの心理的抵抗も考慮しなければなりません。不審な人物がいないか常に警戒しなければならない状況に置かれること自体が権利を侵害しているといっていいでしょう。今後そのような施設の扱いについては注視したいです。男性に見える人が女性用スペースにいたら通報が必要だということの今後一層の周知を図るとともに、どんなに小さなことでも不審に感じたら通報していい、性犯罪は許さない、というメッセージを社会全体が示す必要があると思います。
これから何が起こるのか
実際の所、悪意のある犯罪者かどうかを他人が区別することは簡単ではないでしょう。トランスジェンダーの方が性自認に基づいてトイレを利用できるようになったら何が起こりうるか、海外の先例も挙げてみます。
2023年11月三重県の温泉施設で「心は女」と主張する男が女湯に侵入し逮捕された。
2023年7月、イギリス政府は新しく建設する公的な建物は男女別のトイレの設置を義務付けた。
カリフォルニア州で性自認に応じたトイレの使用が法的に認められる前より、男性が女性専用スペースに侵入するために女装したという過去の例はいくつかありました。しかし、そういった法が制定された後、そのような行為が増加したという記録はないと言われている。
マサチューセッツ州でも、性自認と合致するトイレや更衣室を使える地区と禁止されている地区で、のぞきや性犯罪などの頻度が変わらなかったという結果が報告された。
以上両方の立場から例を挙げてみましたが、今後新たに対応が求められるであろう場所はほかにも多くあります。医療や統計、スポーツ、刑務所、 など性で区別している場所での対応については特に慎重さを求めたいです。
アファーマティブ ・アクション(ポジティブ・アクション)や女子のみを受け入れている学校での対応では女性の権利が損なわれていないことを確認することが、同性介護、女性医師、性犯罪被害者に対応する女性なども個々に応じた柔軟な対応が求められるのではないでしょうか。
結論として
性犯罪が増える可能性はないと言うことはできません。しかし、トランスジェンダーの方を自認に基づいて区別することで性犯罪が増えるこもしれないというよりは、性犯罪者の言い訳のバリエーションが1つ増える可能性がある、と捉えるべきだと思います。
その言い訳が効力を発揮するに違いないと思い込む人間がいるとしても、その責任をトランスジェンダーの方に負わせて不利益を被らせることはできないのです。
日本では毎年不同意性交で起訴される男性がいますが、それならあらかじめすべての男性を刑務所に閉じ込めておこうとはならないのと同じで、発生しうる不利益よりすでに発生している不利益が優先されるのはよりよい社会を目指すうえでは仕方のないことだと思います。
しかし、今の日本は女性を不当に危険にさらしているというのもまた事実です。これを早急に改善すべきだと思います。昨今のトランスジェンダーに対する逆風は、女性を取り巻く問題の対処において女性の意思が軽んじられているという不満が根底にあります。逆に言えば、これが解決されればトランスジェンダー問題はずっと単純になるでしょう。
女性であるというだけで不利益を被りやすい社会には終止符を打たなければなりません。性犯罪にも適切な処罰と被害者へのケア、そして周囲の理解が得られるようこれからも主張を続けて行きたいと思います。
生得的女性が生来背負わされてきた苦しみをトランスジェンダー女性の方が完全に理解することはできないとして、その逆もまた真であることを覚えておかなければなりません。全ての人間が互いを尊重し合える社会になることを切に願うばかりです。
参考ページまとめ
▼2024年、外観要件について
▼2023年、生殖機能要件について
▼トイレや更衣室の利用と性犯罪について
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