見出し画像

スープの魔法

一人暮らしの厄介なところは自分の機嫌を取るのが自分しかいないことだ

そううそぶきながらグツグツと野菜を煮込んでいく。

いくつかの仕事が重なり、疲労が重なっていたところにミスを犯して心身ともに限界を迎えていた。

これではだめだと気付き、早々に家に帰ることにした。

こんな日にすることはいつも決まっている。
ご飯を食べて、お風呂に入り、ぐっすり寝ること。

しっかり食べて、しっかり寝れば何とかなる。
母はそう言いながら、野菜たっぷりのスープを出してくれた。
食べなれた優しい味はいつも強張った心をほどいてくれた。

グツグツと煮込んでいくと野菜は大地から吸い上げ閉じ込めていたエネルギーを開放する。
その複雑な味わいは、時には作り手すらも驚かす。
そして凍えた身も心も癒してくれる。
だから人は昔から不思議な存在とスープを結び付けてきたのだと思う。

物語でもスープは特別な料理として登場する。
森の動物たちは一年の終わりに思い出を煮込んでスープを作り、見習い魔女は黒猫と一緒にお団子が入った不思議な味のスープをふるまう。
流浪の皇子は旅先で故郷の味を口にして団らんの場に集い、ベテラン魔女は怪しげな材料を入れた大釜を夜毎にかき混ぜる。

そんな風に時には堂々と、時にはひっそりと、物語の隙間からスープはあたたかな香りを漂わせてきた。

そして私も大地の力を秘めた私だけの魔法のスープを食べて、じっくりとお風呂につかる。
優しい温かさに内からも外からも癒されて、眠りにつく。

きっと明日もいいことがある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?