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今トレンドの宇宙エレベーター材料は文房具でお馴染みのあれ?

皆さんこんにちは。くずのです。

今回は前回ご紹介したレポート「Road to the Space Elevator」のテザー(ケーブル)材料についての記述が面白かったのでその辺りについて書こうと思います。

テザーに適した材料とは何なのか

宇宙エレベーターの実現可能性を議論する上で、テザー(ケーブル)となる材料は欠かせないものです。

というのも、これまで宇宙エレベーターが実現できていない最大の原因はこのテザー材料にあるからです。

このテザー材料に求められる条件は、第一に軽くて引張強度が高いことです。なぜ軽い必要があるのかというと、宇宙エレベーターは一方向におよそ10万kmというとてつもない長さで展開されるため、ある程度まで伸ばしたらその自重によりテザー自体が切れてしまうことが懸念されます。

1本のスパゲッティを垂らしたらある程度の長さで切れますよね、それと同じです。

(宇宙エレベーターの場合は5000km垂らしても切れない強さが必要になります。)

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つまり、テザー材料には高い比強度(単位密度あたりの強度)が求められる訳です。

また、宇宙空間は真空であるため、熱が空気を伝って逃げることがありません。つまり、とても熱がこもりやすいです。

そのため、エレベーターの昇り降りで発生する熱を逃がす必要があります。そのため、熱伝導性が良いことも求められます。(これは熱設計をどうするかにもよりますが。)

他にも、原子状酸素(AO)・放射線への耐性、長大化可能か、などが検討すべき要素となります。

なお、IAAの研究チームが考えている強度目安は以下のようになります。

作成図

テザー(ケーブル)候補材料について

宇宙エレベーターに使われる材料として、カーボンナノチューブ(CNT)が最も有名だと思いますが、本書では、CNTを含む以下の3つの候補材料を挙げています。

① カーボンナノチューブ (CNT)
② 窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)
③ 単結晶グラフェン

① カーボンナノチューブ(CNT)

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 CNTは1991年に日本の物理学者、飯島澄男博士が発見した炭素系繊維材料です。非常に機械的強度が高く、熱伝導性も極めて高いというのが特徴です。

このCNTの発見により宇宙エレベーターが原理的に実現可能であると言われるようになり、検討が具体的に行なわれるようになりました。

理論的には鋼鉄の50~100倍の引張強度があると言われています。2002年のDemczykの研究結果[3]では理論的には150GPaの引張強度を持つとあります。

構造は上の画像のように六角形のシートを丸めたチューブのような形をしています。

そんなCNTをテザーとして用いる際、主な課題は、以下の点です。
・長大化技術
・わずかな幾何学的構造の違いで強度が大きく変わる
・原子状酸素(AO)に弱い
・放射線環境において劣化する


このCNTをどのようにテザー材料として用いるのかは今も議論されていますが、「撚り合わせて繊維化する」という考え方が一つあります。これにより 長く作ることは可能ですが、現状強度が下がってしまうので、一長一短です。 

CNTは大林組, JAMSSによって宇宙環境での曝露実験が既に行われています。[5]

また、2019年の夏にはJST, 名古屋大学, 愛知工業大学, 京都大学の共同研究グループが引っ張りに強いCNTの構造を特定しました。[4]

CNTはその優れた性質から構造部材のほかにも、半導体材料や複合材料としても注目が集まっているため、今後も研究が進むにつれて大幅な発展が見込めると考えられます。


②窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)

BNNTは、「第4次産業革命をリードする次世代のナノ材料」と言われています。

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CNTと同様に高い熱伝導性・機械的性質を持ちますが、熱的/化学的安定性、電気絶縁性、および熱中性子吸収性はCNTよりはるかに高いです。[6][7]

ただ、研究開発はまだ始まったばかりであるため、今後に期待です。


③単結晶グラフェン


実は私たちは小学生の頃からグラフェンに馴染みがあります。
それが、鉛筆です。

鉛筆は層状に積み重なったグラファイト(鉛筆の芯)から滑り出される単層のことをグラフェンと呼びます。

グラフェン

コロンビア大学、カリフォルニア大学の研究[][]では、欠陥のない単結晶グラフェンの固有強度は130GPaと、鋼鉄の200倍という、CNTと同等かそれ以上の強度を持っています。

このグラフェンは標準的な製造方法であるCVD(化学気相成長法)では、
・粒界の不連続点を生み、欠陥が発生する。
・各所で成長が始まるため、各結晶の衝突点で欠陥が発生する。
といった課題があるそうです。

しかし、2017年に北京大学が発表した研究では、液体金属の表面ではグラフェンが大きく成長することを用いて50mm~500mm長のスケールの単結晶グラフェンを作ることに成功しています。[10][11]

将来的には、以下の図にあるように液体金属表面で圧をかけながらCVDをし、成長したグラフェンを巻き取ることで、単結晶グラフェンの量産が可能ではないかという考え方もあります。

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また、グラフェンはタッチパネルや軽量装甲などの市場性の大きい需要があることから ”Road to the Space Elevator Era”  ではCNTよりも有力ではないかという見方がされています。

CNT材料が主な材料と言われることが多いため、この考え方は新しいですね。この場合はテザーはロープというより、きしめんのようなシート状になるのでしょうか。

IAAの研究チームは、テザーの製造も宇宙ですべきと考えています。今徐々にトレンドになりつつある "Space Manufacture", "In-situ" ですね。


いずれの材料候補にも、その長大化製造方法の確立が大きな課題であると言えることがわかりました。

ここまで述べた材料の比強度の目安として以下の図があります。[1]

画像3

いずれにしても材料分野で大きなブレイクスルーが起こることが必要条件であると言えます。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

私にとってマテリアルは門外漢であるため、補足等がありましたら、気軽にご指摘いただけると幸いです。

宇宙エレベーター開発において一番のペースアイテムといえるテザー材料の開発が今後どうなっていくか楽しみですね。

それではまた!


※本記事は ISEC現会長 Dr. Peter A. Swan より、執筆の了承を頂いて執筆しております。さらなる詳細について知りたい方は以下からお買い求めが可能です。 https://www.heinleinbooks.com/product-page/road-to-the-space-elevator-era-1

参考
[1]   "Road to the Space Elevator Era" (2019)
  著:International Academy of Astronauts.
  編:Dr. Peter A. Swan, John M. Knapman, Akira Tsuchida, Michael A.     Fitzgerald, Yoji Ishikawa
[2] Gero Decher, Joe B. Schlenoff, Multilayer Thin Films: Sequential Assembly  of Nanocomposite Materials, Edition 2, 2012
[3] Demczyk BG, Wang YM, Cumings J, Hetman M, Han W, Zettl A, et al. Direct mechanical measurement of the tensile strength and elastic modulus of multiwalled carbon nanotubes. Mater Sci Eng 2002;A334:173-8.
[4] 高倉 章, 別府 幸, 西原 大志, 福井 章人, 小関 貴裕, 生津 資大, 宮内 雄平, 伊丹 健一郎, Strength of carbon nanotubes depends on their chemical structures, 2019
[5] Yoji Ishikawa, Yasuhiro Fuchita, Takashi Hitomi, Yoku Inoue, Motoyuki Karita, Kohei Hayashi, Takayuki Nakano, and Naoko Baba, Survivability of Carbon Nanotubes in Space, IAC-18-D4.3.3, 69th International Astronautical Congress, Bremen, Germany, 2018.
[6] NAiEEL Technology社製品 窒化ホウ素ナノチューブ
[7] H, KUWAHARA, Creation of Boron Nitride Nanotubes and Possibilityfor a Series of Novel Nano-Composite Material
[8] Lee, C., Wei, X., Kysar, J. and Hone, J., Measurement of the Elastic Properties and Intrinsic Strength of Monolayer Graphene. Science, 321(5887), pp.385-388., 2008
[9]Shekhawat, A. and Ritchie, R., Toughness and strength of nanocrystalline graphene. Nature Communications, 7, p.10546, 2016
[10] Wu, Y. et al., Large Single Crystals of Graphene on Melted Copper Using Chemical Vapor Deposition. ACS Nano, 6(6), pp.5010-5017., 2012
[11]  X. Xu et al., Ultrafast epitaxial growth of metre-sized single- crystal graphene on industrial Cu foil, Science Bulletin 62. 1074-1080, 2017

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