HAGEPHONIA ハゲフォニア



残毛に悩むすべての男たち、すべてのハゲない男たちに捧ぐ。

この本を読んでくれていると言うことは、あなたもきっと、まだハゲていない男性なのだろう。私の本を読んでくれてありがとう。感謝する。
もしかしたら、この本の内容はあなたにとって少し勇気のいることかもしれない。
しかし、あなたは1人ではない。私たちがついている。くじけそうになったとき、そっと肩を支えてくれる仲間たちがいる。だから、勇気を持って立ち向かってほしい。

正直に言おう。私はハゲていないことを恥ずかしいと思っていた。そう、本当につい最近までそう思っていたのだ。あなたもやはり、そう思っているのではないだろうか。
しかし、私たちは考え方を変えた。ハゲていなくても、堂々と胸を張って生きていくことを決めたのだ。
つらい道のりかもしれない。しかし、私たちのような男たちが堂々と胸を張って生きて行ける時代を、文化を、私たちで築いて行きたいと思う。

昔は、こんな時代ではなかった。SNSの普及した現代、時間の流れが加速されていると言われているが、数十年前の誰が、今の状況を予測できただろうか。
この数十年で、ここまで変わってしまうなんて、誰が予測できただろうか。

「180度変わってしまった」

それが私の印象だ。

初めて違和感を感じたのは、確か私が20代前半の頃だった。
その頃はYouTubeなどの動画配信サイトはそこまでメジャーではなく、私がもっぱら情報を仕入れていたのは、自宅に置いた小さなブラウン管のテレビだった。

そこで、ある有名なハリウッド女優が言ったのだ。

「彼のハゲはセクシーよ」

ある大物俳優に対してのコメントだったから、気を使ったのだと、私は思っていた。
何しろ、そのころの私にはない感情だった。

しかし、そこから、何かが変わった。
メディアがこぞって、ハゲの特集を組んだのだ。「セクシーなハゲ」「ダンディーなハゲ」「知的なハゲ」「男らしさの象徴」「抱かれたいハゲ」

某国のイケメン皇子も、ハゲていた。そして、ちょっとしたプライベートな映像でハゲについて語ったのだ。
「私は、育毛や発毛はしません。なぜなら、それは自然ではないからです。ハゲは優勢遺伝だと言われています。つまり、ハゲの人口は自然に増えるということです。ハゲは病気ではありません。これは、人類の進化の過程なのです。男性は成長過程で体毛が濃くなり、頭髪が減ってきます。ハゲは男性にとって、老化ではなく成長なのです」

この発言に、ハゲた有名人たちがコメントを返した。最初は、自分のハゲを面白く、自虐的に指摘しつつ、それでも皇子のコメントに救われたと言った内容だった。

様子が変わってきたのは、もちろん彼女の存在があったからだろう。
トップモデル、ケイト・クロース。
彼女は、心からハゲが好きな、ハゲフェチだった。
某有名ファッションショーのインタビューで、付き合っているパートナーがハゲていることをインタビュアーに聞かれて

「ハゲ以外、男に見えないわ」

と、超一流の素敵な笑顔で答えた。

時代が変わった瞬間だった。

流行りなのかなんなのか、あっちでもこっちでも、テレビの中の女優やアナウンサー、街頭インタビューで答える街行く女性たちが

「ハゲに惹かれる」

と、コメントするようになった。
女性用の雑誌に、おしゃれハゲの特集が組まれた。チョンマゲや、落ち武者カットなんてのまで出たきていた。


これらは私が後で調べ直した情報だ。その頃、私はまだそれほどこの問題に注目していなかった。ハゲだろうが、そうじゃなかろうが、私にはどうでも良かった。

ファッションの流行りが変わるように、ハゲの流行が来た。それだけのことだ。そんな風に思っていた。薄毛がモテる文化など、なかったはずだった。
ただ、もともと女性の中に、そんな感情があるのかもしれないと思った瞬間がある。
赤ちゃんの、生毛のような毛髪を撫でている、幸せそうな女性の表情を見たときだ。母性本能なのだろうか。少し私の理解とは違った。


私に現実として降りかかってきたのは。私が30歳を迎えた頃だった。

ある日私は、当時付き合っていた彼女と、大喧嘩をした。
その時、彼女が言った。

「ほんとあなたって残念な人ね!もう少しおでこが上がってくればいいのに、いつまでもガキみたいな髪型して、そんなんだから、出世もできないのよ!少しは大人になりなさいよ!」

胸が痛かった。
その日は、同級生が私の上司になった日だった。そいつは学生時代、同じテニスサークルにいた男だ。
20代前半、そいつはすでに薄毛の部類にいた。私は良くそれをからかっていた。
同じ会社に就職して数年、いつからかそいつが変わった。自信に満ち溢れて、社内でも目立つ存在になっていた。
そして、私たちは、同じように昇進試験を受けたのだ。
そして、あの日、あいつは、昇進し、あろうことか私の直属の上司になったのだった。

「髪の毛で損をしている」
初めて感じた危機感だった。周りで、ハエギワ脱毛の話題がチラホラ出ていた。
「お前も、昇進試験の前に、少し脱毛しといた方がいいんじゃないか?」
試験前に、仲のいい同僚が冗談混じりにそう言っていた。
「おれは、まだいいよ」
なんて、笑って答えたが、あの試験に関しては、正直少し後悔した。
面談で目の前に座った上司たちは皆、キレイにハゲていた。

髪の毛のせいだけではないのかもしれない。しかし、私は急に自分の残毛が、恥ずかしくなった。ひどく動揺してしまった私の面談は、ボロボロだった。
「面談だけで決まるわけではないから、心配するな。お前を推しておいたからな」
そう言ってくれた上司もいたが、私は何とも言えない思いだった。

私は彼女と別れ、メンズエステで、流行りの「M字脱毛」をした。

自然に薄毛に見えるよう、少しづつ脱毛した。それでも遺伝なのか、私の髪の毛はあまりにも強い。放っておくとすぐにフサフサになってしまう。
40歳を前に私は「ハゲフォニア(Hagephonia)」という言葉を聞くようになった。歳を重ねても髪の毛が薄くならない特異な男性のことらしい。何でも名前を付ければいいってもんじゃない。特異ではないと私は思っているが、世間の風潮のせいか、そう言い張る自信もなかった。きっとどこかの企業の思惑もあったのだろうと私は思っているが、私はいよいよ追い込まれているような気がした。
あれからしばらく、彼女もできなかった。仕事でも肝心なところで腰が引けてしまう。商談の相手はそこまで気にしていないのだろうが「私はどうせハゲフォニアだから」といった感情に、ふっと襲われることがある。女性に対しても消極的になった。「ハゲフォニアのくせに食事になんか誘ってくるなよ」本当は、そう思われているのではないだろうか、そんな思いが強くなった。
悶々としたまま数年が過ぎた。


直属の上司になった同級生はいいやつだった。
正直、「悔しい」「羨ましい」という感情もあったが、それは最初のうちだけだった。彼と過ごすうちに彼の魅力が分かってきた。いろんなことに積極的だし、すごく勤勉だ。メンタルも安定しているし、人の立て方も知っている。なるべくして昇進したのが分かった。上司がコイツで良かったと正直思った。
学生時代はこんなやつじゃなかったような気がした。しばらく会わないうちに、すごく大きな男になったような気がした。
悔しいが魅力的だった。

一度、彼の家に寄る機会があった。
彼は大きな新築一戸建てに住んでいた。きれいな奥さんと、幼い女の子が迎えてくれた。
料理とお酒をご馳走になった。
お酒が進み、そのうち、私はずっと聞きたくて聞けなかったことを、聞かずにはいられなくなった。そして、聞いた。
「何か転機があったのか」と。

「今の奥さんに出会ったからかな」
ドラマのようなセリフだったが、彼から聞くと別に嫌みではなかった。
「出会った頃、僕はすごく自分の薄毛に悩んでいたんだ。だけど、彼女は僕の薄毛も好きだと言ってくれた。転機があったとすれば、たぶん、それかもしれない」
彼は、薄毛に悩むのをやめたそうだ。誰になんと言われようと彼女だけは認めてくれる。そこから何もかも積極的に行動できたそうだ。もともと能力が低い方ではなかったのだろう。
彼は趣味も幅広くやっていて、旅行もよく行ったようだ。部屋には彼女との旅行の写真がたくさん置いてあった。
「育毛剤に使っていた分を他のことに当てられたから」彼はそう笑って言った。
「僕は僕でいい。そう彼女が教えてくれたんだ」

私は彼の言葉で目が覚めた。
今ほど薄毛に地位がなかった時代、彼も悩んだ時期があったのだろう。それでも、彼はめげなかった。彼女のおかげだと言ってはいたが、今の私のように人と会うたびに人々の視線と闘わなければいけなかったはずだ。
そのうち偶然にも時代が彼に味方した。それが、今の彼を作った。しかしこれは、彼が堂々と自分を生きたからではなかったか。
彼は、男になる道を選んだのだ。


私は、彼を見習おうと思った。
「ハゲてなくて何が悪い。何を恥ずかしがることがある。私は私だ。私はもうハゲない」
いつか時代が私を認めてくれるまで。いや、時代がハゲフォニアに厳しかったとしても、それは関係のないことだ。
私は、私を生きるだけだ。
幸い同じように考える仲間ができ、今の私は自信を取り戻すことができた。
この時代の変化で私は学んだことがある。それは「ハゲようが、ハゲなかろうが、そんなことはどうでもいい」ということだ。文化が変われば、その基準は変わってしまう。私はそれを、身をもって体験した。だから今は、残毛を恥ずかしいとは思わない。
ただ、私と同じように、もしくは、逆にかつての彼と同じように毛髪に悩んで自分の人生を生きられない男たちがいるとしたら、私はその背中を押してあげたい。
「あなたは、あなたでいい」
そう伝えたい。

余談だが「ハゲフェチ」もいれば、「ハゲフォニアフェチ」もいる。
私は今幸せだ。きっとあなたも、そうなれると思う。堂々と自分を生きてほしい。

残毛に悩むすべての男たち、すべてのハゲない男たちに。

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