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#1地シス「地域への愛着とまちづくり」



【プロフィール】
新里早映 Shinzato Sae
・東京農工大学大学院 農学府 農業環境工学専攻 農村地域計画学研究室
・都立八王子東高校卒
・2016年度地域生態システム学科優秀卒業論文賞
・2017年 農村計画学会 春期大会 ポスター賞
・2017年 農業農村工学会「2050年の農業・農村の姿」ポスター 大学生部門最優秀FORE2050賞
・農工大農業サークル「耕地の会」に所属 ・農工大まちづくりサークル「まちけん」に所属 


新里さんの研究室にて

○研究内容 

ーーーどんな研究をしているのですか?  
 研究内容のテーマは、「農村住民の地域に対する愛着」です。 簡単に説明すると、地域を好きな気持ちや離れ難い気持ち、なくなってほしくない気持ちを地域愛着として、それがどのように芽生え、育まれているのかを探りました。調査は山口県長門市俵山地区で実施しました。


ーーー何でこのテーマを研究しようと思ったのですか?  
 私自身、地域に愛着を抱いて暮らしていけたら素敵だなと単純に思っているからです!  
きっかけは、2013年に福島県南相馬市へ行ったことでした。本当に心が痛む景色が広がっていて、目に見えない放射線の怖さも感じました。さらに、地域コミュニティは散り散りになって、いつ安心できる暮らしを取り戻せるかもわからない…。それでも、地域に戻りたいという人たちがいました。このとき、何が人を地域に結びつけているのか私には全く理解できなかったんです。こんなにも、大切にしたい・守りたいと思う地域や暮らしってなんだろう。それが一番の興味関心の根源です。

 ほかにも、農村地域では少子高齢化が進んでいて、都市に人口が集まっていますが、農村地域を持続するには、行政だけだと財政的にも人員的にも厳しいっていう現状があります。その中で住民が主体的にまちづくりを求められてきたのですが、住民の間でもそういう活動に対する意欲に差があることがあります。それで、心理的な部分に目を向けなくてはならないと思いました。自ら「地域を良くしていこう」っていう気持ちが生まれる要因を調べたかったんです。

ーーー地域に対する「愛着」をどうやって調べたのですか?  
 調査は2つの方法で行いました。1つ目は、「アンケート調査」です。これは愛着に関する項目を用意して、定量的に評価をしました。過去の研究をたくさん読んでから設問を作ったり、評価の基準を決めました。それで、得られた結果を分析することで、設問ごとの関連性や数値がデータとして得られました。

 数値の関連性は分かったのですが、内実は分からなかったので、2つ目に「ヒアリング調査」をしました。NPOなどの地域の活動をしている人たちに直接聞き取り調査をして、地域に対する思いや、ご自身の活動について聞きました。この分野の先行研究には、「アンケート調査」と「ヒアリング調査」の両方を実施したものはなく、この点も自分の研究のオリジナリティであると思っています。

ーーー2つの調査の結果何が分かりましたか?  
 アンケート分析では、「地域への愛着の基になっているのが、地域の『土地』『社会』『文化』に対する3つの評価である」という仮説をたてて検証しました。「土地」は景観や特産物などの物理的側面で、「社会」は人との交流や行政が良いなどの側面、「文化」は伝統的な文化やお祭りなどの地域のイベントの側面です。分析の結果、この3つが相互に影響を及ぼしあって地域愛着を形成していると分かりました。なかでも地域愛着に直接影響があるのが、「社会」に対する評価です。他の2つは「社会」を通して間接的に地域愛着に影響していることが分かりました。

 「離れがたさ」や「居心地の良さ」が「社会」を通じて形成されることはヒアリングを通じても把握されました。たとえば、俵山地区には二千年続く温泉があり、今でも湯治の文化が残っています。住民の方々は温泉を地域のシンボルやアイデンティティとして後世に残したいと強く思っていて、また、温泉での住民間のコミュニケーションといった社会的な面も地域愛着に影響を及ぼしていることがわかりました。 研究の考察としては、「地域に対する肯定的な評価が合わさって地域愛着が醸成される」といえます。地域愛着が芽生える・自覚されるきっかけも様々ですが、ヒアリング調査の結果から、主に「来訪者との交流」「外部地域との比較機会」「子どもの存在」「環境の変化」の4つが重要であることがわかりました。

 

 ただ、研究上の課題もあります。今回は地域愛着について研究しましたが、地域愛着さえあれば住民の主体的な地域活動に結び付くというと、そういうわけでもないということも分かりました。精神論だけでは地域活動をすることが難しい現状があって、今後はそのような実状も踏まえて研究を続けたいと思っています。


ーーーこの研究を通して思ったこと、感じたことはありますか?
 自分は東京出身なので、「土地を守り、家を守る」とか「ここに住まにゃしょうがない」などの考え方が、あんまり理解できませんでした。でも、それが自分にとって新鮮で面白いと感じました。理解できないからこそ大事なんだろうと思うし、そういう気持ちが自分は気になります。理解できないからこそもっと聞きたいなと思います。それでまた調べる。そういうループに入って行きます。ループは楽しいけど、苦しいときも多々あります。人を相手にしているので答えはないですし。

 あと、研究の社会的意義のことはよく考えます。自分の研究が調査に協力してくださった方々や社会のためになって欲しいし、でもどうすれば社会のためになるのかよく悩んでいます。特に自分は人文社会系の研究で、1つの事例しか研究してないから、当然、社会の全てをカバー出来ている訳ではないです。だから、研究結果を見てもらった人には、共感でも批判でも良いので、何かを感じてもらえればと思います。理想は、何かを感じてもらって、それが何かしらその人と地域との関係を考えるきっかけになったり、農村地域の将来を考えていく上での視点として組み込んでもらえたら嬉しいです。

山口県長門市俵山地区での聞き取り調査の様子


○農工大に入った理由

ーーー農工大に入った理由を教えてもらえますか?
 農工大に入った理由は、3段階あって、1段階目は、中学生の時、岩手でしたファームステイです。それが初めての農業・農村体験でした。色々な自然との触れ合いで農村の豊かさを体感しました。このとき、東京以外でも色んな暮らしが出来るんだなと思いました。2段階目は、高校生の時です。もともと海外に興味があって、海外に行って色んな人と会えて話せたら、自分の視野も可能性も広がるし楽しそうだなって思っていました。でも将来のことを考えたら、言語はあくまでもツールだなと思って、大学で専門的に学ぶイメージが湧きませんでした。そこで、理系科目の方が得意だったこともあって、理系に進むことにしました。実際、理系の中で興味があったのは農学部だけでした。岩手に行った経験から、農学は自分の目に見えるし、足を運べるというか、自分で出来るって感じがしたんですよね。なので、農学部を志望しました。第3段階は大学受験のときに、志望校は都内にある東大か農工大にしようと思っていました。農工大に行っている先輩に農工大の話を聞いたり、実際に足を運んでみて、とっても雰囲気が良いなと思って農工大にしました。農学と工学に特化していて、こじんまりとしている方が自分には合っていると思いましたし、成績的にも農工大がちょうど良かったです。

○現代社会の課題

ーーー現在の社会に対する問題意識などあれば教えて下さい
 今の日本に関していえば、「バランスが悪い」と思います。これは、都市と農村の関係を見て思うのですが、都市と農村が対立しているように見えてしまいます。どっちが良いとか悪いとか、そういうわけではないと思うし、両極端にならず都市と農村がもっとグラデーションのようにゆるやかに繋がればいいと思っています。もちろん都市は便利で暮らしやすいという良いところはあるし、農村には生きることの原点があると思っています。この2つのどっちかしか選べないように思わされている状況が現在の問題だと思います。

都市と農村をどうにか繋げられないかと考えています。農村は、昔ながらのコミュニティの色が強く、地域づくりの基盤が共同体にあると思っていて、都市は、人や情報の入れ替わりが早いから、地域づくりは個人の価値観によって動いていると思います。この2つを上手く結びたいです。


ーーーどうしてこんなに農村に強い関心があるのですか?
 単純に農村へ行くとわくわくします!どこにでもあるものではなく、ここにしかなものがたくさんあって、泥臭くて、力強い暮らしにすごく惹かれるんです! 一方で、都市の暮らしに疑問を持つこともあります。たとえば、大学に入ってからパン屋のアルバイトを始めて、大量の廃棄が出ることにすごいショックを受けました。それが現代の大量生産・大量消費・大量廃棄に対して疑問を持つきっかけでした。なんだか、経済に振り回されているなと悲しくなりました。でも、この体制に依存しないと生きていけないのです。自分の心がいつの間にか枯れていくような、生きる力が弱くなっていく感覚に見舞われました。だから、さっきの言った生きることの原点があり、自分で生きるを生み出せる農村に惹かれたのだと思います。

 あと、最近では「消滅可能性都市」という言葉を聞いて、ビックリして、そんな風に地域がなくなってたまるかと危機感を感じました。私は、多種多様な地域があることが日本の良いところだと思っていて、これまでずーっと続いてきた農村地域がなくなってしまったら、どんどん都市部に人が集中していって、画一化された世の中になってしまうのではないかと思います。それは本当に悲しいというか、もったいないことで、大げさに言えば、それだけ後世の人たちに残せる暮らしの多様性が減ってしてしまうということだと考えています。 今後、人口が減っていくなかで、こうした状況は私1人だけではどうしようも出来ないので、日本各地・世界各地に仲間をつくろうと奔走中です。その点、農工大で出会った友達や先輩後輩は今後一生のとても大事な仲間です。


○将来やりたいこと


ーーー将来やりたいことを教えて下さい。
 都市と農村の新しい関係をつくりたいです。やり方はまだ考え中ですが、将来的には、自分が実際に農村に住んで、こんな暮らしがあるというモデルになりたいと思っています。しっかりと腰を据えて帰る場所がありながらも、全国・全世界を駆けまわるような生活が自分の理想です。一方で、自分をたよりに人があそびに来て、農村で暮らす生き方もあるということをみんなに体感してもらえるようなハブにもなりたいです。それが新しい関係づくりにも繋がるんじゃないかと思います。

 あとは、色々な地域の人と仲間になって、ネットワークをつくって、気軽にその人のとこに行けるようなシステムを一緒につくっていきたいです。

調査地の山口県長門市俵山地区の風景

(2018年2月13日 文章:上木康太郎)

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