見出し画像

夢帰行2

病室にて2

 仁志がこの病室に来て、1週間になろうとしていた。
窓の外はまだまだ真夏の日差しが照り付けているらしい。
こんな所へ来ていなければ、今頃は遅い夏休みを取って、休暇を楽しんでいる頃だろうに。
1週間時計が止まってしまったのだ。

 大したことじゃないと思っていた。
以前から時々起こる胃の痛みだった。
最近忙しかったから、疲れているのだろうと思っていた。
ただ、いつもより重く、鋭く、長く、そしていつもの薬では消えない痛みだった。
それが消えては現れるを4,5日繰り返し、とうとう痛みに我慢できなくなり、医者に駆け込んだのが1週間前だった。
そしてそのまま、この病院に居座ることになったのだ。

 胃カメラなど検査の毎日で、薬だけではなかなか改善しないうち、下された診断が、胃潰瘍だった。
聞き直す仁志は、医師に疑いの目を向けていたに違いない。
胃潰瘍でこれほど時間が掛かるはずがない。
納得できない理由はほかにもあった。

 この病室である。
ほかの入院患者3人が3人とも、重病患者ばかりだ。
仁志が来た時に居た3人のうち、二人が出て行った。
ひとりは手術で出て行った。もうひとりは他の病院へ移ったと聞いた。
後のひとりは、寝たきりで声も聞いたことがない。

手術した人は、別の個室に移ったと聞いたが、どうやら相当悪いらしい。
転院したひとりは、この病院では手に負えなくなって移されたらしいので、これも相当悪いのだろう。
この二人の替わりに入ってきたうちのひとりが隣の爺さんで、これは一度退院して出戻ってきたらしい。

 この爺さんは、付き添っている婆さんに
「俺はどうせ癌なのだから、残りの人生を俺の好きなようにさせろ。」
と我儘を言い、婆さんをてこずらせている。
そして、もうひとりは、エリートサラリーマンらしい40くらいの男だ。
その男は、見舞いに来た部下らしい男たちに対して、威張り散らして仕事の指図をしているのを耳にした。
その部下らしい男たちは、帰り際に丁寧に挨拶をしてくれるが、いかにも不満気な表情を隠さずに出ていくのだった。
きっと、後ろ足で砂でも掛けたい気分なのだろう。

 仁志は、この病室で周りの患者を目にして、耳にして過ごしていることで、自分の病気の重さをなんとなく感じ取っている。 
この1週間の入院生活の中で、いつの間にか病人の直感というものを身に付けていたのだ。
それは、健康な人に比べ、鋭敏でかつ重病であるほど正確であった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?