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夢帰行7

病室にて5

 廊下で夕食の準備が進められていた。
忙しく動き回る看護師や衛生士たちが、一人一人に夕食を配り歩いている。
病院の夕食は早い。17時半には配膳され、18時過ぎには片付けが始まっていく。その後、19時には面会時間も終わり、21時には消灯され、長い夜に包まれる。
看護師が仁志のベット横に置いて行った食事は、相変わらず米の形が僅かにしか見えない粥と、薄味でいかにも消化の良さそうな副食たちが並んでいる。
元々食欲がなくなって入院している訳で、空腹感すら感じない。
当初は、この胃に優しく消化の良い粥であっても、仁志の身体は受け入れようとはしてくれなかった。

 幸江は、仁志の食事しやすいように配膳し、時計を見ながら言った。
「じゃあ、先生のところ行ってくるから」
「ああ」
医者が姉にどういう説明するのか知りたかった。
いくら奈津子が毎日のように付き添っていても、家族とは認められず、適当な回答で流されてしまっていたが、姉の幸江ならば、医者も看護師も対応が違うだろうと思っていた。
冷め始めた粥を少しづつ口に運び、胃に流し込むように飲み込んだ。
食べたい訳じゃない。
看護婦さんに指摘されるから食べる訳でもない。
入院当初よりは改善されているのだろう、粥を胃に入れると少しの間、胃が落ち着くように感じるのだ。
それが薬が効いて病気が改善されたせいなのか、腹部の不快感に慣れてしまったのか、仁志には判断できなかった。

 残った粥がすっかり冷めてしまった頃、幸江が戻ってきた。
幸江は仁志の顔も見ず、食膳を下げたり、箸を洗ったり、今日初めて来たのにまるでずっと居たかのように無駄のない動きをしている。
「で、どうだった?」
「えっ、あぁ先生ね。来週には退院していいって言ってたよ」
「来週?そうか。」
「そんで自宅でゆっくり休むようにって言ってた。まだ仕事には行けねぇんじゃねぇか」
「退院できるなら仕事行くよ。自宅で安静なんてさぼってるのと一緒じゃないか」
「仕事はいつでもできるんだし、まずは遙ちゃんのところに見舞いに行ったらえぇんじゃねぇか。姉さんも一緒に行くから」
「いいよ。一人で行くから。姉さんはおふくろたちの面倒看てやれよ」
仁志は幸江を故郷へ追い返そうとしたが、幸江にはそんな気はないらしい。

「田舎のことは、出てくるとき雅子によーぐ言ってきたから大丈夫だ。母さんにもさっき電話しておいたし、お前の職場の人にも挨拶しておかないといけんでしょ」
雅子とは幸江と仁志の間の姉で、実家と同じ町内に嫁いでいる。
仁志は、幸江の手際の良さに感心しながら、閉口してしまった。


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