夢帰行15

清美の覚悟

 清美と仁志は、小児病棟の1階へ降り、本館との間にある中庭へ出た。
姉の幸江は、二人に先立ってナースセンターへ挨拶したり、本館の事務室へ行ったり相変わらず忙しく動き回っているようだ。

中庭へ出ると仁志は、ゆっくり前を歩く清美の背に問い掛けた。
「もう治らないのか?」
「あとひと月もつかな」
「ひとつき・・・お前平気なのか」
「平気なはずないわ」
言いながら清美は中庭のベンチに腰を下ろした。
そこは建物の日陰になって幾分涼しいようだ。

「でも最初から覚悟してたから」
「私さあ、遙がこの病気になってから勉強したよ。学校行ってた時よりずっと勉強した。」
「そしたら、先生から診察のたびに今の状態とか、治療方法とか聞かされると、今は良い方に向かっているとか、悪化しているとかすぐ分かるようになってきたんだ。先生がはっきり言わなくてもね」
「だから、今度も先生に治療を一時中止するって言われた時、それがすごく悪いっていうのも分かったの」
「抗がん剤の副作用に身体が耐えられないから、投薬治療しないのね。そうすると正常血球が増えないから、身体の抵抗力が弱くなって、普通じゃ発病しない程度の細菌でも感染して発病しちゃうのよ。更にそれに抵抗する免疫力も落ちてるから、一度感染すると重症化し易くなる訳なのね」
すらすらと遙の病気を語る清美は、仁志の知らない立派な母親になっていた。

「遙、咳してたでしょ?カリニ肺炎って言って、肺の中がカビだらけになっているらしいの。その肺炎を治さないと抗がん剤の薬が使えないんだって」
「カビ?」
「そう、だから咳と痰がひどくて寝ていられないの。細菌を一切遮断するためにビニールカーテンの中でしか生活できなくなってしまったのよ。」
「先週あたりは本当にひどくて、本当にもうだめかと思った。」
「このまま遙死んじゃったらどうしようと思って。せめてひと目だけでも会っておいてもらいたかったの」
「父親の顔も覚えないまま死んじゃうなんて、やっぱり可哀想でしょ?」
ずっと心に秘めていた言葉を一気に吐き出すかのように、仁志に訴えかけていた。

仁志は無言のまま頷くだけだった。


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