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雲を抱く国

 美しい空という言葉から連想するイメージにどんなものがあるだろうか。朝焼け、夕陽、真っ青な空、星空。そして、たくさんの表情を持つ雲も空の一つだと思う。日本人は大気の現象にさえ名前をつけるのが好きで、空や雲にも様々な名称があるが、一番好きなのは「行き合い(ゆきあい)の空」だ。新古今和歌集由来の言葉で、夏の雲と秋の雲が同居する晩夏の空をさす。夏と秋が空で行き交う擬人化など、想像しただけで微笑ましいが、今ほど科学的データがなかった時代でも、季節による雲の違いがはっきりと認識されていたことに驚く。

 さて、雲といえば、子供の頃は「何に見えるか」が話題の中心だった。大人になるにつれ、あまり空を見上げなくなったが、この頃は歳のせいか、空の青さが際立つ夏日は浮かぶ雲にも目を奪われることが増えた。すじ雲、ひつじ雲がひしめく中、遠い空の下、地平線から雄大に立ち上がる真っ白な入道雲などは思わず見とれてしまう。そして、ふと思う。よく外国を旅したが、どこかの国の空や雲を覚えているだろうか、と。

 訪日旅行で大の日本ファンになったオランダの友人が、日本特有の懸念の一つとして「季節、昼夜を問わず、雨が降ること」を挙げた。一週間単位、あるいは一日単位でも、晴天・雨天が入れ替わり、こんなに天気が安定しない国は初めてだと。私たちにとってみれば当たり前のことだが、四方を海に囲まれ、それなりの標高を誇る山脈が至るところにそびえ立つ地形は、ほかの国の自然環境に比べると「雲」を抱きやすい国といえるのではないだろうか。

 熱帯の島国にも同じような気象条件はみられるのかもしれないが、ほとんど雨が降らなかったり、雨季・乾季がはっきりしていたり、逆に曇天が多い地域等に比べ、やっぱりこの国は青空をキャンバスに豊かな表情の雲を楽しめやすいのではないかと思っている。(みんなのフォトギャラリーで雲を探したら、これまたたくさんの写真が出てきて驚いた。多くの方にとってもやっぱり雲は鑑賞対象なのだ。)

 だが、そうはいうものの、雨の振り方が昔とは変わり、襲いかかるタイプの雲も増えた。「線状降水帯が発生」のニュースが告げる近くを車で通りかかると、こちらは快晴なのに、一部の地域だけまるでグレーのカーテンに覆われて見えることがある。近づけば近づくほど、そのグレーのカーテンが、激しい雨と地上ぎりぎりまで降りてきた雲の境い目がなくなっているものであることに気付く。

 その時は高速道路を走っていたが、一部がその降水帯にかぶっていたようで、一瞬だけ、ワイパーが効かないほど激しい雨にさらされる。「うわっ」 ブレーキに足をやるが、次の瞬間はもう晴れていた。そして不思議なことに、車が何故かドライアイスのようなものが立ち上がるなかを疾走していた。道路は濡れていない。何だろう、と考えていたが、おそらく激しく降った雨が、暑さの中、一瞬で気化しているのだと思った。こんな光景は初めてだった。

 これからも気候はどんどん変化していくのだろう。可能であれば、かつてのような穏やかな気象に戻ってくれればと思うが難しい願いなのだろう。

 秋の空気を捉えると空を見上げる癖がついた。今年もそろそろ、行き合いの空にお目にかかれる頃合いだ。

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