何もしないであげる
ある日、私が一駅分だけ電車に乗って少しお出かけした時のこと。
後ろからおばあさんが乗ってきた。その方は身なりもしっかりとしていて、ちょっと品のあるような感じを私は覚えた。ただ、片足が悪いのか少し不自由そうな歩き方をしていた。
電車は座席が空いていなかった。おばあさんは私の隣に立った。全然知らない人だけれど、私はおばあさんが転ばないか少し不安だった。背の低いおばあさんは吊り革にぎりぎりつかまっている。
そう思っていると、前の座席に座っていた男性が「座ってください」と席を譲ろうとした。
しかし、おばあさんは
「大丈夫。次で降りるから」
と、しっかりかつどこか上品に答えた。
なるほど、おばあさんも次で降りるのか。
そうこう思っているうちにもう次の駅に着いた。
おばあさんと一緒に降りた。
しかし、おばあさんは別の号車に乗り換えただけだった。
私は正直ちょっとびっくりしてしまったけど、おばあさんから感じる気品から
そう、きっとこれが「プライド」なのではないか、と思った。
私を含めた他人からの視線、大丈夫かな?という思いがきっと煩わしくて、嫌だったんだな。
だからおばあさんは優しい嘘をついて、別の号車に乗り換えたのかも。
そう考えたら、本当のところはおばあさんにしか分からないけど、私はちょっと申し訳ないような、恥ずかしい気持ちになった。
電車に乗っていた時、私に何か出来ることがあったとすればきっとそれは心配そうにそのおばあさんを見ることではなく、ただ何もしないであげることだったかもしれない。
優しい嘘があるように、優しい無関心があってもいいのかも。
なんて思いました。