「才能はいらない イラストで食う技術(ニリツ著)」読んだ。あとイラストレーターの仕事本の紹介。

本屋にいったときはだいたい立ち寄る画集・美術書コーナーで、ひときわ異彩を放っていたこの一冊。思わず手に取ったら中身の濃さに戦きました。

インターネットの発達とともに創作物を公開する機会が爆発的に増えた影響でか、絵のテクニック本は現在でも活気を感じる出版分野です。本屋の棚を見て歩けば、ストレートなメイキング本以外にも「トレーディングカードのイラストを描くには」「西洋ファンタジーイラストを描くための」といった焦点を絞った本も数多く目に付きます。

そんな多彩な棚の中、目に飛び込んだのは「才能はいらない」という挑発的なタイトルに、ぱきっとした黄色。

思わず手に取り「メイキング本かな?」とめくったら、技術解説はそこそこに「いかに今の時代にイラストレーターとして一本立ちするか」「この仕事に至った著者の半生」「キャラデザ仕事の依頼書と、それをもとにした試行錯誤」などがびっしりの本書には驚きました。

購入して改めて読み進めたところ、なんというかですね、この本、エモい……。

天才ではない我々が、イラストを描けるようになるための正しい考え方とは?
(略)作家として現役でありながら専門学校での講師も行い、「イラスト技術は天性の才能ではない」という確固たる信念のもとに展開する、独自の切り口による教授法が好評を博しており、本書でも(いわゆるツールの使い方やデッサンの技法などではなく)、イラストレーターを目指す上での心構えや考え方、練習法を中心にメソッドを展開し、特に著者が実際に担当したライトノベル装画を題材にした実例解説を行います。
(出典・https://www.kadokawa.co.jp/product/321810000431/

ざっくり評すると、大人といえる年齢になってから「絵を描いてみようか」と思った人が、挫けがちなところに手を差し伸べる(叱咤も含む)本だと感じました。あとは、最近になってSNSでイラスト投稿しはじめたけど全然見てもらえなくて、俗にいう「神絵師がちやほやされてる」様子をみて心が死にそうな人にも効きそう。

(なお、この記事で想定している「絵」「イラスト」とは漫画やアニメ調の絵柄のあれらだと思ってください)

途中の3章を丸ごと使って「著者がいかに最近までイラストに関係ない人生だったか」を書いている本書は、自分も含めたメイキング本を期待して手に取った人には「そういうのはすでにたくさんあるでしょ?」と言わんばかりで、最初は面食らうかも。でもこの需要わかるなあ。

個人的に、若者が絵を志すタイミングはいくらかパターンがあると思ってまして。

1つ目は、物心ついたころからのおえかき遊びの延長だったり、図画工作の授業で褒められて今も続いてる人。
2つ目は、中~高校生くらいに情緒の発達とともに趣味が広がって絵を描き始めた人。
3つ目は、社会人になってから絵を描き始めた人。

著者は、デザイナーを目指して高校生から美大を志し、デザイン職でゲーム会社に就職、いろいろあって24歳ごろにイラストの同人誌を書き始めたという経歴なので、この例でいうと2番目と3番目のハイブリットでしょうか。「漫画アニメ系の絵」に限定すると実質3番目かな。

なんだか絵を描きだすには遅くない? と思うかもしれませんが、こういう経歴は世間が思う以上に多いと思います。

絵を描くとは、どんな分野にしても最初に画材という先行投資が必要です。子供の頃から絵を描いていた人の話をよくよく聞くと、家にもともと絵の具一式やPCとペンタブレットが備わっていて……というのもよくある話で。原理的には紙とペン、最近ならスマホ一つあれば始められますけど、たぶんほとんどの人はすぐに「憧れのあの人が使う画材を一度試してみたい」になると思う。しかしそういった画材はデジタルアナログ問わず子供には高級品……そういうわけで、経済力のある大人になってからの方が実は始めやすいんですよね。

それに、20歳そこそこなんて子供の頃に思ってた以上に何者でもないもんなあ。まあ余談です。

経験や見聞きした範囲でいえば、20歳を超えて絵を描き始めた人らがまずぶつかるのは、偉大なる先人たちよりもまず、先ほどの1番目や2番目のタイミングで描き始めた同世代の存在だと思います。

先人たちはこれから目指す目標であり、技術を学び取る対象として映りますが、同世代で先に始めた存在とは時に無力感を呼び起こす存在でもありまして。仮に同い年だとして、絵描きの経験では10年前後のギャップがありますから、抜きんでた人らは本当に洗練されている……時に「この差を埋めるには、もう間に合わないんじゃないか」とちらつく。

同世代の活躍とは「自分でもできるかも?」と始める動機になることもあれば、いざ始めてみれば「自分なんかには無理だ」と筆を折る理由にもなる。そんな時には「自分には才能がないから」「センスがないから」と口をつくこともあるかもしれない。

しかし本書では、そういった意識に対して、才能やセンスにみえていたものとは本来何なのかと分解し、そのうえで最も本質的な「絵を描き続けることの覚悟」を説いていると思いました。どちらかというと自己啓発の本に近いかもしれません。

読み進めていると、それなりのお金と時間を手にした年齢の人が「ちょっとやってみっか」と淡い期待で絵を描き始めて挫折して、でも諦めきれずにいた時に手に取って……という景色が脳裏に浮かびます。一介の絵描きとして、想定読者(たぶん)の気持ちがまざまざわかるだけに、読み進めていると知的欲求以上の内なる情感が揺さぶられる……エモみを覚える……。

それと、具体的な練習法として「トレース」を詳しく取り上げているのも大変興味深いです。

ネットで「絵をトレースする」というとなんだか悪い印象がついていますが、古来より絵の学び方の入り口は模倣や模写です。

すでに出来上がった作品の製作工程をなぞって再現することで、その作品に詰め込まれた技術を知る。出来あがった絵の扱い方さえ間違えなければ、そこで得られたものは確実に血となり肉となる、ド鉄板の手法なんですよ。

この本が珍しいのは、練習法としてのトレースを推奨する本は数多くありますが、実際に別のイラストレーターさんに許可を取り、本当に上から線をなぞってトレースしてみせていること。

本書ではさらに踏み込み、単なる線拾いではなく、「顔はトレースするけど身体のポーズを変えて、それでいて元のイラストレーターの絵柄を再現する」という非常に高度な練習法を実践してみせます。

それらの過程を通して「他者の絵の特徴はなんなのか。そして自分の絵の特徴はなんなのか?」ということに気づかせてくれる、非常にリターンの大きい手法だと思いました。

本書を読むにあたって注意点を挙げるとすれば、著者の作風や仕事傾向がいわゆる美少女系で、紹介されている仕事内容もライトノベルの挿画が多く、SNSの考え方や作例、リサーチ方法などはそちらに寄っています。「描画モチーフは若い女性、届けるターゲットは主に若い男性」とほぼ限定されており(それは非常に広大な市場ではありますが)、そのあたりは勘案して読む必要があるかと。

それを踏まえて読めば、非常に本質的で、現代の若者の(もしくは今この瞬間から絵を描こうと志した)絵描きの攻略法として、幅広く受け入れられる本だなと思いました。

著者のツイッターで本文サンプルが掲載されてますのでこちらもどうぞ。著者のクールかつ可憐な絵もふんだんに使われており、ぱらぱらみているだけでも楽しいです。


この記事を書いたついでに、過去に読んだことのあるイラストレーターという仕事に焦点を当てた本を紹介します。

「絵が上手くなりたい」「絵を描きたい」という本は数多くあれど、「イラストレーターに」と絞るとなかなかニッチな狙いです。豊富にあるとは言いがたいんですが、それだけに中身の濃い本が多いと思ってます。

2013年刊行。いまとなってはちょっと古い本なんですが、主に取り上げている分野が乙女ゲームやシチュエーションCDのジャケット、少女小説、女性向けコミックなど、女性向け市場で活躍する絵描きに焦点をあてた本です。

ゲーム制作においてどういった流れでイラストレーターが参加するか、少女小説の表紙はどのように発注を受けるか、そして今活躍する人たちはどういった経緯でその仕事を始めたかなど、複数の例を挙げて紹介されています。

ジャンルは異なれど「才能はいらない」とは非常に近しい本でしょう。

2015年刊行。アジカンのCDジャケットや、小説「謎解きはディナーのあとで」表紙でおなじみの人気イラストレーターの中村佑介さんが、実際に学生の作品に手をいれて、より良い作品になるまでブラッシュアップする過程を描いた本です。

中村佑介さんの若い人を見守る優しい眼差しと、一線で活躍する仕事人としての確かな腕と目利きを感じる文章は、大人が読んでも目から鱗が溢れすぎて滝が作れます。

メイキング開示やツールの使い方ではなく、「一枚の絵としての品質の上げ方」「イラストレーターが描く絵に仕上げるには」を指南する本として、現状で最高峰の一冊ではないでしょうか。

2015年刊行。概念と外枠はなんとなくわかった。では今度こそそれを踏まえて具体的な練習法に取り組みたい! という初級者以上・中級者未満向けの一冊。

ここまで暗に「漫画やアニメでよくみるああいう感じの絵柄の」が頭についてるイラストレーターの話をしてましたが、こちらは社会全体で求められている「絵を描くという作業がある仕事」を幅広く取り扱い、タイプ別の練習法を紹介しています。

紹介されている方法は、いわゆるデッサンや描画といった絵筆を動かす練習法から、発想パターンを増やすためのスクラップなどもあり、より良い絵を描くには様々なアプローチがあるのだなあと知れる一冊でもあります

2018年刊行。現在活躍するイラストレーターへのインタビュー本。こちらは実は同人誌なんですが、商業誌に引けを取らない品質です。

取り上げる分野はソーシャルゲームや漫画、ライトノベルといった定番から、ドット絵、アニメーター、TwitterやPixivなどのSNS傾向など、非常に着眼点がユニークかつ多様。漫画アニメゲームという分野だけでも、イラストレーターという職業がいかに多岐にわたる仕事であるかを実感できます。

また、イラストレーターという「プロジェクト全体から見れば一ポジション」という立場に注目することで、全く異なる業界の事情を、2018年の今のタイミングでいっせいに覗き見ることが出来る……という大変刺激的な一冊です。

2011年刊行。週刊少年ジャンプで連載していた「アイシールド21」作画担当であり、現在も連載中の「ワンパンマン」作画担当として第一線で活躍する漫画家・村田雄介先生が、これまたジャンプ作家に漫画の作り方をインタビューするというすごい本。

完全に漫画、それも少年漫画に振った内容なのでイラストレーターには直接関係ないんですが、村田先生自身が作画に特化した作家さんであることから、「どういう絵を描くか」ということにも深く切り込んでいます。

それ抜きにしても、冨樫義博に「面白いストーリーを生み出すにはどうすれば」という話を聞きに行ってるだけで、超~~~すごい資料だから!!

また、最終話で村田先生がいう本書の使い方は、あらゆるクリエイションに携わる本と人に通じるものだと感じています。

こういう本を紹介してると「そういうお前の作品はどうなんだ」という内なる声がささやきますが、そうはいっても先人たちの知識や技術、思考の粋を抽出し、再構築されたものを見るのはそれだけで楽しい。

それでたまに自分の制作でくじけそうになったら、ふとあの時読んだ一文を思い出して、また立ち向かう勇気をもらうのです。

追記

これ書いた後にこういうコメントいただきまして。

漫画研究家で、作画面にも着目されることの多いいずみのさん(ネット用のハンドルネームなんですけど、個人的にこっちの方がなじみ深いので)が、ニリツさんにインタビューするってそれ絶対面白いやん! と速攻で画集を電子書籍で購入し読破。

画集としてのクオリティはもちろんなんですけど、注目していたインタビューの文章は「才能は要らない」では客観性を持った分析と文章だったんですけど、いずみのさんの質問が引き出すニリツさんの自己分析がものすごいソリッドで戦きます。

「才能はいらない」ではまずは絵筆を手に取った人に向けた言葉でしたが、今作で展開されているのはプロとして活躍する絵描きその人に向けられた言葉なので、ともすればペーペーが読むとそこでまた挫けそうなくらいストイックに思えます。

しかしそれでも「才能はいらない」で語ったことへの発展として、「技術を突き詰めていくと常識を疑うことに繋がるのでは」「だから技術を知ると自由になっていく」という応酬には、この道の先に立つ道標として力強い。

「納得できる努力を見つけられるか」「プラスを生み出せる心の仕組みを得られるか」という言葉には、やっぱこの本書いた人だなーという深く納得します。「才能はいらない」の発展型としてもとても良い本でした。

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