コミティアで50ページある同人誌を無料配布してみた
わたくし、2019年の同人活動の一環として「販促目的で、50ページある同人誌を無料配布してみる」ということをやりまして、なかなかおもしろい結果だったので詳細と考察を共有します。
結論からいうと、零細サークルとしては無料配布のコストが大きく、金銭的な旨味は薄かったです。「わかりきっとる結果やんけ」と総ツッコミだと思うんですが、ここはもうね、揺るがなかったね。
とはいえ、やる前からその辺は想定しつつ、弊サークルではそれ以外の狙いを固めて挑んだし、そのうえで悪くない結果もでたし想定外なところで興味深い効果もあったなと、そういう一例として記事に残しておこうと思います。
この記事は個人サイトで公開していた記事の増補改訂版です。
無料の同人誌をつくるまで
前提として、当サークルでは複数巻にわたる創作漫画シリーズを刊行しています。1巻をだした2017年からこれまでに多数の方にお買い上げいただいておりますが、一方で2018年後半からは頒布の比重が最新刊に寄っていくのも実感していました。
シリーズ作品で最も数が出るのは1巻だし、1巻より続刊がはけることはまずないわけですよ。なのに2018年後半からはその1巻がほとんど動かず、最新刊だけ動いている状況で「これはちょっとまずいな」という危機感がありました(新刊をお買い上げいただいた方が迷惑だという話ではないです)
加えてこのシリーズの特徴として、1巻が一番高いんですね。
1巻は漫画120ページの定価1000円。2巻以降はページ数がやや減って各巻400~700円くらい。1巻は同人誌にしてはまあまあ分厚い方だと思いますが、自分が一般参加者だったとして、見知らぬサークルの見知らぬ作品にいきなり1000円を出すのは、同人誌即売会とはいえなかなかハードルは高いよねと。
それらもろもろを背景に、新規読者の獲得はどうしたもんかなあと考えて思いついたのが、「1巻から50ページ分を抜粋した、試し読み冊子を無料配布する」でした。それも特殊紙表紙の豪勢なやつ。
実際に作った本の写真これ。
色が変わってるように見えますがこれは写真のフィルターじゃなく、現物がこうやって偏光する紙を使っています。
「50ページ」「特殊紙の表紙」というと、同人誌作ったことある方ならわかると思いますが、一番単価の安くなる組み合わせと比べるとまあまあな出費です。あえてこうしようとした理由は、まず第一に「単に本を無料にして配っただけでは受け取ってもらえない」と思ったから。
なんだかんだいって、同人誌即売会において「無料配布」自体はさほど珍しくなく、近況や小話をつづったペーパーや、作家の名刺、購入時のノベルティ、もちろん無料配布の同人誌もイベント会場内で見渡せばいくらでもあふれているし、埋もれるよねと。
ここで目立つにはフックが必要だとコンセプトを揉んで、今回は「まさかこれが無料!?という驚き」と、「なるほど、そういう理由で無料なのか、という納得」に狙いを定めて、特殊紙装丁の50ページという仕様に落ち着きました。
「まさかこれが無料!?という驚き」とは、一般的にA5サイズの50ページの同人誌というと、即売会では数百円で頒布されています。それが無料で受け取れるというギャップで驚きが生じます。そこに特殊紙装丁という下駄も履かせました。
奇妙な話ですが、たくさんの人に手に取ってほしくて無料なり安価にするという手段は世にあれど、それが「安売りに見えた」とたんに消費者というのは距離を置いてしまうこともあるわけです。それを防ぐべく、「価値はあるけど、あえての無料です!」と力いっぱい伝えて「なんだってー!?」と驚いてもらうために、予算はしっかり割きました。
次に「なるほど、そういう理由で無料なのか、という納得」とは、50ページの漫画というのも元は100ページ以上ある物語の冒頭であり、その本編に誘導するためのものなんですよと、手に取った人に腑に落ちてほしかったんですね。
仮に手に取る人の感情が驚きだけだと、一瞬後に落ち着いてから「ガワだけの価値のないものなのでは?」「怪しいものなのでは?」とこれまた不審に思われかねないので、「こういう理由で無料です!」と最初から意図は全開にしました。
また中身は「続く!」で終わっているため、何も知らずに読みはじめると「終わると思っていたのに続いてるじゃん!」と面食らってしまう可能性もあったので、現地でのPOPや口頭での説明を手厚くし、表紙をめくってすぐに「これは本編冒頭のみ収録しています」と記載し、手に取っていただいた方には事前にご納得いただくよう努めました。
などと企画主旨をまとめたことで、まずは本の仕様は決定しました。次にとりくんだのは「この無料配布によってどういう結果がほしいか」を整理しました。
まとめるとこんな感じ。
・無料で冒頭を読んでもらって、有償同人誌を手に取ってもらいたーい
・あわよくば続刊も手に取ってもらいたーい
・なんならその後も当サークルのフォロワーになってもらいたーい
1番目がこなすべき最重要課題で、2と3は「あればいいな」のおまけです。おまけとはいえ、ここを基点に事務ページを作るので、明確にしておきました。
事務ページでは続刊の内容説明に電子書籍ストアへの誘導、各種SNSを記載。いつもだったら連絡先として奥付にちょろっと書くだけですが、今回は見開きページで絵も添えつつ、2と3にちょっとでも繋がればいいなと作りこみました。ない方がページ数も減って印刷代は抑えられるんだけども、まあ誤差の範疇です。
今回の無料配布本を作るにあたって、一番の味方は「時間」でした。新規で作るのは事務ページくらいで制作工数が軽く〆切に融通が利いたので、印刷所の早割やオプションなどをフルに活用し、経費をかなり抑えることができました。
とはいえ、普段から早めに入稿していれば普通に支払ってる代金を、これ単体では全くリターンのない無料配布につぎ込むのは、零細サークルとしてはなかなか緊張します。
そもそも、無料にしたって全く手に取ってもらえない可能性も零細サークル全然ある……有償頒布でもイベント頒布で振るわない時はひどいダメージあるのに(経験談)、ここまでやってまったくはけなかったらいつも以上にキツイ!
そんなこんなで、入稿後はなかなかドキドキしながらイベント当日を待っていました。
余談「ネットで無料公開すれば?」について
誰でもまずこれ思い浮かべると思うんですが、「同じ内容をネットで無料公開すること」についても事前に考慮してました。
結論からいうと、したよ! そのうえで、いまのところ弊サークルにおいては大きな効果はない判断です。
時系列が前後しますが、最初の無料配布したイベント後に、試しに無料配布本と同じページ数をTwitterとPixivに投稿したんですね。結果、インプレッション数や閲覧数は、いつもの弊サークルコンテンツと差がない感じに落ち着きました。
原因を分析すると、今どき高品質の商業漫画でさえ、公式にネット上で丸ごと無料で読める状況は珍しくないのに、アマチュア制作の/途中までしか読めない/SNSで読むには長すぎる漫画を/単発で投げてもフックがないよね~、というところでしょうか。
もちろん同じことして効果がでる人も多数いると思いますが(というか、日々タイムラインに流れてくる人気コンテンツとは、つまりは効果があった人たちなので)、弊サークルは全然その域に達してない。
全文まるごと公開すれば…? とも考えましたが、全体の約半分を投げてリアクションが薄いなら、全文を上げたところで見込みは薄いと判断。
私自身の腕をもっと上げて、こまめにネット上で活動してフォロワーを増やして初動を上げないと、この段階でネット上にぽんと投稿しても新規読者に届くほどではないなあ~と、実感した次第です。
やるにしても「数十ページある漫画をネットに投稿する」だけでは他の高品質なコンテンツに埋もれるだけなので、さらなる付加価値を添えて投稿する必要があるでしょう。いい感じのアイデアを思いついたらやるかもね。
コミティアで配ってみた
そんなこんなで作った本を、9月の関西コミティアと11月の東京コミティアで頒布してみて起きたこととは。
第一に無料配布の頒布数について。こちらは想像以上に受け取ってもらえました。ほんとに想像以上でした。
弊サークルにおける普段の5倍の部数を持ち込みましたが、最終的には関西・東京コミティアともども13時前後には持ち込み分がすべてはけました。イベントにはどちらも15時ごろまで参加し人通りも多かったので、もう少し持ち込んでおけば最後まで持ったかな~というところ。しかし5倍やぞ。
この頒布数については、現地でのPOP効果が大きかったと思います。
上記は関西コミティアの弊スペースです。遠目にも文字が読めるよう、島角配置も駆使してポスター掲示したところ、明らかにまずこれに目を止めてサークルスペースに立ち寄る方が多数いらっしゃいました。後の東京コミティアでは島中配置でしたが、この実績を生かして同主旨の机上ポスターを掲示。
中にはポスターみつつ、「本当に無料なんですか?」とお声がけいただくことも。予想通りの「驚き」が生じており、思わずガッツポーズ。
前述の余談で「フックがないと埋もれる」という話をしましたが、「即売会という場で、同人誌を無料配布する」というフックは思った以上に強力だったし、ポスター掲示という手段でフックを場に投げ込んだことで、上手く効果が出たんだと思います。
第二に、1巻の売り上げに繋がったか。これも思ったより手ごたえがあったなという感想です。
序盤で説明した通り、当サークルでは近年までイベント頒布の比重が最新刊に寄ってた中で、この2イベントで最も売れたのはシリーズ1巻でした。
つまり、無料配布を機にそれだけこのシリーズに初めて触れる方がいらしたということだし、当初の目的だった新規読者の獲得としては上々だろうと思っています。
無料配布と1巻の数を比較すると、5:1くらい。見本誌やサークル概要だけで買ってくださった方もいたので、すべてが無料配布の力ではありませんが一つの目安にはなったかなと。
当初の目的と結果についてはこんなところ。他にも、数値以外で実感した効能についても記しておきます。
単純な話ですが、頒布数が数倍になるといつもの数倍の人数がサークルスペースに立ち寄ってくれるわけで、交流する楽しさも数倍に増えました。
同人活動の経験のない人にはピンと来ないかもしれませんが、うちのような零細ピコサークルだと、イベント参加の大半は座って店番してるだけの圧倒的に暇な時間です。
ですがこの施策を行ったことで、そんな暇な時間を穴埋めするように無料配布に興味を示す方がいらっしゃるので、ある意味、最も即物的な効果は「立ち寄ってくれる人が増えるので、時間つぶしに最高」だったのかも。
スペース前にふと立ち止まる方に「お土産にどうぞ」と配る程度でしたが、そこきっかけで作品について話す機会ができたり、「どうせもらうならお金だします」と気前のいい方にキュンとしたりと、イベント参加してるなーって実感はピカイチ。
参加したけど在庫は全然動かないし、朝の挨拶以外で誰とも話さなかったし、自分は何しに来たんだ……という無力感は零細サークルあるあるですが、この施策のおかげでだいぶ緩和されたなあという感想です。
それだけでも作ってよかったし、サークル参加が楽しかったなーと思います。いい経験でした。
イベント後に振り返ってみた
無料配布をしたことでたくさんの人に発掘されて、既刊の頒布数が伸びて全部の経費がペイできた! といえるほどの結果がれればよかったんですが、さすがに売り上げ面で劇的な変化は起きていません。1巻が伸びただけで2巻以降はそれほどでもなく。
ここに関しては、小手先の販促よりも私自身の腕と作品品質が最も影響する箇所だと思うので、改めて己の至らなさを実感します。
また無料配布の本はイベント4・5回分のつもりで刷ったのに、たった2回のイベントであえなく在庫0。誤算すぎる。次やるには一から刷りなおさないといけないので経費がかさむ……。
そういうことを踏まえて客観的に思うのは、新刊を有償頒布してたら普通に諸経費がペイできるサークルさんならわざわざやるほどのことじゃないな、ということ。そのままの路線で頑張った方が絶対いい。
逆に、予算かっつかつなサークルさんが起死回生の策的に用いるには、コストがでかすぎてお勧めはしません。無料配布本をだしたせいで予算が尽きて他の新刊が出せない! 次のイベントに参加できない! となっては本末転倒なので。
予算も時間もまあまああるし、うちの規模ではどうひっくり返っても現地で混乱なんて生じないし、最近新規の読者さんに出会えてないなって思ってるサークルが、他に新刊もない時にお試しに作る……という条件下でならいいんじゃないかな、リターンは保障しないけど、くらいの。
「継続可能な売り上げをだす」という点においては、こんなことするより品質向上に努めて定期で新刊を出すという、大半のサークルがやってる普通のことをきちんとこなした方がリターンがあると思います。
振り返ってみても「我ながら酔狂なことをしてんな~」という感想です。
あとがき
やってみて見えてきたものがあるので、2020年はこれを踏まえてやったりやらなかったりすると思います。
特に、前段の通り無料配布の在庫が0になりまして、でも1巻の在庫はまだまだあるので、販促用グッズたる無料配布を再版するかどうかは悩ましいところ。
それとこの記事を書きながら思いつきましたが、無料配布の本と並行してQRコードを印刷したカードを介してPDF配布してもよかったよなと。ただ、好き作家秘蔵のおまけ配信でもなく、初見サークルのよくわからん作品を読むためにわざわざコード使って読むかしら? という懸念もあるので、ここももう一工夫いりそうです。
こういうノウハウ公開することで、同じことするサークルさんが増えはじめたら、特に大手が始めちゃったらうちのような零細はまた埋もれるかしらと思いますが、まあその時はその時です。
ではまた来年。よいお年を。