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【風景小説】乗り過ごした駅にて

「まもなくドアが閉まります」

切符片手に階段を駆け上がる私にもたらされた結末は残念なことに電車の乗り過ごしであった。

私は閉まりかけの扉をいちべつし、すぐさま電光掲示板を確認する。

次の電車まで、あと15分。

私はそのまま視線を携帯の液晶に落とし、画面に表示されていた列車を一本後ろに変更した。

太陽に熱されショート寸前の頭をフル回転させ、予定到着時刻とそこから目的地までにかかる時間を計算する。

はじき出された答えは、あいにくにも間に合う"かもしれない"という曖昧ものであった。それでも、いまここでジタバタしても改善の兆しはなさそうだったので、私は軽くため息をつき、未来の自分にこの命運をたくすことした。

10メートル先にある黒い椅子まで歩き、ゆっくりと腰を下ろす。柔らかな夏の風がスカートを広げ、なかに入り込み、折り曲げた足の上をすべっていった。

ひとつ前の電車が連れていってしまった人の気配も次の予定時刻が近づくに連れ、次第に戻りつつある。隣のホームから列車の通過を知らせる電子音が聞こえる。

ふと、白いメッシュ地のワンピースに黄色いカバンを提げる女性が目に入った。夏らしいポップな色味が印象的な女性だった。

(どっかで見たことのあるカバンだな。どこで見たっけ?)

そうしばらく考えこんだものの、思い出せる気がしないので、諦めて駅側に立つマンションの一室に視線を移す。

ホームより少し高い位置にある一室。私はその部屋のベランダに焦点を合わせる。ベランダはこちら側、つまり駅の方向に設置されていた。

(あの位置じゃ人の目が気になってゆっくりできなさそう。でも、だからこそ金額が安いとかあるのかもしれないけど、どうなんだろ。)

などと、ぼんやり考えながら、もし自分があの部屋に住んだらという体でもしもの朝を想像した。

(ベランダで通勤する人たちを眺めながら、のんびりとコーヒーを飲むのはちょっと優越感にひたれて楽しそう。もし、するのならコップはお気に入りのイチゴ柄のを使おう。それと、仕事は在宅ワークができるものにした方がいいかもしれない。)

そんなifについて考えをめぐらしていると、案外あの部屋はいい部屋なのかもしれないと思えた。

再びホーム鳴り響く電子音。今度は隣のホームではなく、私のいるホームで鳴っていた。

景色の奥から列車がやってくる。はじめはゆっくりと、次第にはやく、そして再び遅くなっていき、最後はきちりと規程位置に停止した。

その様子を見ながら、私はかつて自動車学校で学んだことを思い出した。

(これが自動車学校で学んだ、遠くのもの動きは遅く見える現象か。)

ひとつ賢くなった私は椅子から立ち上がり、わずかな間だったが待ち望んでいた扉のなかに入っていく。

「まもなくドアが閉まります」

15分前と同じアナウンスを車内で聞く。音ともに扉が閉まり、列車がまた動き出した。目的地まで、あと1時間程度。車内の人工的な冷気が私の汗を拭っていった。

(でもまた後で汗かくんだけどな笑)

苦笑いを浮かべながら、私は先ほどまでいたホームに目をやった。

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