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ジュンさん

ジュンさんという人は、自分の人格の形成に欠かせない人物。その人のことを忘れたくないのでオチなんてないけどジュンさんのこと書こうと思う。本当のこと全部は書きたくないからところどころフィクションで。どこがあっててどこが違ってるかはご想像にお任せします。

上京して10代ではじめてのバイト探しが始まった。井の頭線沿いに住んでいたことに加えて古着やスリーピースバンドが好きで、うっすい憧れから下北沢で働こうと思った。世の中にはマイナビとかタウンワークとか便利なサービスが溢れているにも関わらず下北沢に行って練り歩き、バイト募集と手書きで貼ってある貼り紙を撮って回った。なんてったってわたしのはじめてのバイトデビューだったから、友達に自慢できるようなイケてるところで働きたかった。結局、そんなしょうもない理由から最低賃金ぶっちぎりのダイニング・ワインバーに応募。結果採用され、個人経営のお洒落バーに広島から出てきた10代の田舎者が紛れ込むことになった。

そこにはすぐキレるぶち怖ぇオーナー、身体中切り傷だらけのスタッフのレイさん、どことなく負のオーラ漂うお客様、酒が入ると手をあげる人、しょっちゅう泣いてる人などと出会った。薬で"飛んじゃってる"お客様も結構いた。初めてのバイトだったから耐えなければならないと思っていたけど、初バイトにしては深過ぎたと後にオリジンで働いて思う。アングラで闇深過ぎるこのバーでわたしはジュンさんと会う。

ジュンさんはいつも赤ワインを飲んでいた。黒くて長い髪は青白い肌とのコントラストが妖艶。節は太いが細長い手でグラスを持つ様は独特の雰囲気を醸し出していた。日本昔話なら人柱になって柳の木下にでも出そうな雰囲気で、西洋の物語ならドラキュラ、アニメならナルトにでてくる"大蛇丸(おろちまる)"の様な雰囲気の人。オーナーはいつもジュンさんにキモいだの服がダサいだの罵声を浴びせていたが、容姿は息を飲むほど美しく整っていたし赤ワインがめちゃくちゃ似合っていたし目が合うと静かに笑ってれる素敵な人だった。

お店が空いている時にジュンさんに話しかけると、いつもしっかり静かに聞いてくれた。でも食い殺すような目でわたしをみる。笑ってる顔もいつもこわばってぎこち無い。でもそんな怪しいところも含めてジュンさんが好きだった。

ところで、ジュンさんはトランスジェンダーなので男の人だった。その頃はわたしの心に差別の心が少しあったから、男"なのに"女性のなりをしていて美しいジュンさんのギャップに人間的に虜になった。スカートから伸びる脚は筋肉質で骨が浮いているし、肩幅もペラペラだが広く、所々に男の人を感じた。口には出さなかったけどそれを隠しているのに酷く興奮した。申し訳ない気持ちより興味が勝った。根掘り葉掘り聞かないのが美学だと思っていたから性別のことについては聞かないでおいた。(後にこれも差別なのかと思うようになる)

ジュンさんにはいつも美容について教えてもらった。アーモンドを何粒食べると良いだとか、どこから取り寄せたのか分からん言語が書いてある美容クリームをくれたりとか、それが本当に肌によく効いて驚いたり。それもジュンさんの魔術みたいで嬉しかった。

わたしとジュンさんが仲良くしていることに、オーナーはなぜか難色を示していた。そんな気味が悪いやつと絡むのは辞めとけと。

わたしは、オーナーの言ってることを無視してジュンさんと関わり続けた。ある日、道でばったりジュンさんと出くわして喫茶店に連れていってもらうことになった。ジュンさんはお酒を頼み、わたしはバナナジュースをご馳走してもらった。対面座席でも、わたしのことを食い殺すような目で見てる。でも、そんなジュンさんが大好き。

その後、わたしはストーカーに会ったり家から洗濯物がラックごと無くなったりしたことで引越しを余儀なくされた。下着はなく、一点物のスカートやトップスなどを干していたのにとられてしまったから今度から外に干すのはやめた。1階に住むこともやめた。引越し先は下北沢から離れたので、バイトも辞めることになった。

1年くらいで意外とあっさりバイト先を辞めることになった。ジュンさんの連絡先は知らないし今どこに居るのかもわからない。連絡先を死ぬほど聞きたかったけど我慢した、スタッフとお客さんとの線を引いていたから。でもそれは喫茶店での出来事を覗いて。喫茶店での出来事がもしオーナーにバレたら、わたしもジュンさんもぶち怒られたはずだ。ジュンさんは女性の容姿をしているけど恋愛対象は女性らしいので軽率な行動だったかなと反省した。このことはオーナーには言えないけど、こういう秘密を重ねていくことがジュンさんのようなミステリアスな人間に近づく方法なのかなとも思う。何年経った今でも美意識が高くて笑い方がアアアで、ちょっと怪しいジュンさんが大好き。

それから、赤ワインの似合う美しい人はわたしのスカートをはいて下北沢のバーに向かっただろうか。今は違うスカートをはいているんだろうか。

ジュンさんはわたしになりたくて、わたしはジュンさんになりたい。


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