見出し画像

風鈴

私の妹があいつを殺した。
私は涙が止まらなかった。





蝉が鳴いている

太陽を受け入れ
縁側に花火の影を落とす風鈴が
熱風を浴びながらチリンチリンと
涼しげな音を響かせる


「あぁ、宿題をしなくちゃ」
鈴は冷凍庫に入っていたアイスを食べ終え、
自分の部屋へ向かった。

「どこまでやってるんだい?」
パラパラとページをめくると、まだ夏休み3日目だと言うのに数学の宿題は8割程終わっている。

「おぉ〜頑張ったな〜」
と感心しながら、鈴は続きから問題を解く。
だが、問題が難しくて
すぐに解くのをやめてしまった。

「りーんーちゃん!部活行こ!!」
玄関から元気な声が聞こえる。
茜ちゃんだ。

「ちょっとまってー!!」
鈴は部活道具の入ったリュックを背負い、
玄関へ急いだ。

「行ってきまーーーす!」
鈴はだだっ広い家の隅々まで届くように
大きな声で叫んで部活へと出発した。

鈴の両親は離婚しており、
今住んでいるのは母方の祖父母の家だ。
だが祖父母は既に他界しており、
今は母、美和子の家である。


美和子がパートを終えて帰宅すると、
居間で娘が寝ていた。
「りーん!また寝てばっかり!宿題はやったの?」
揺すり起こすと、寝ぼけたまま
「おかえり」
とだけ言ってまた寝てしまった。

夕飯の材料を冷蔵庫にしまおうとすると、昨日娘と自分用にと買ったアイスが2つとも無くなっている。
我が娘ながら呆れてしまった。

夕食を作り終えた頃にやっと起きた娘は
食べかけのハンバーグを半分残して冷蔵庫に入れ、
部屋に戻ってしまった。

どうせ、夜中に食べるのだろう。



鈴はシャワーを浴びてから、冷蔵庫に入っていた食べかけのハンバーグと残っていたご飯を茶碗についで食べた。

お腹がすいていたので助かった。
本当はもっと早くに食べに来る予定だったが、
今日1日の出来事を日記に書いていたら、遅くなった。
母親はもう寝てしまっている。


歯磨きをして自室に戻る。
明日はどこにも出かける予定は無い。
静かに部屋にいよう。
そう考えていると、いつの間にか眠ってしまった。


目が覚めるともう午前11時を回っていた。
蝉がけたたましく鳴き喚き、母親ももう出かけている。
私はいつものように近くに湧き出ている水を汲みに行った。
節約の一環である。
ここに引っ越してきたとき、つまり父と母が離婚した10年前からの習慣だ。
ちなみに甘党の私はジュースしか飲まないから節約できているかと言われると微妙だが。

今日は特に出かける予定が無いので宿題をすることにした。
残っている数学を解き、苦手な英語に取り掛かる。
全然進まない。どうしたものか。
結局、英語は投げ出すことにした。


居間でテレビを観ていると、母親が帰ってきた。
顔色が悪い。
「具合悪いの?」
「なんか胸の当たりが痛いのよ。苦しいし」
胸の当たりを擦りながら母親は答える。
「大丈夫?休んでなよ。私が夕飯作るから」
「あらそう?ありがとう。そうさせてもらうわ」
母親は自分の部屋へよろよろと歩いていった。


私は鼻歌を歌いながら久しぶりの料理を楽しんだ。


次の日、私は母の病院に付き添った。



母親は肺がんだった。
それ以前に、慢性ヒ素中毒によって皮膚がんになっていた。発見が遅れたため、がんが転移したらしい。


慢性ヒ素中毒。原因は湧き水だった。
湧き出ていた水にヒ素が混じっており、それを摂取し続けた故に、こんなことになってしまった。




それからというもの、呆気なかった。
余命1年と宣告された母は憔悴してしまい、
宣告された余命よりだいぶ早い3ヶ月でこの世を去ってしまった。





雪が降る12月。
私は泣いていた。




嬉しさのあまり、涙が止まらなかった。


12月10日。
押し入れの襖が4回ノックされた。
今日は何かあったかと考えてみても
自分の予定は思い当たらない。

とりあえず襖を開けてみると、
泣いているような、笑っているような
そんななんとも言えない顔をした『りん』が
襖の前に立っていた。



「あいつは死んだよ」





私たちは抱き合って泣いた。






8月3日
(夏休み3日目)
『りん』
バカでかい「行ってきまーす」で起きた。
アイスあったから食べたよ。
水もちゃんと汲んだ。
眠かったから居間で寝てた。
ハンバーグ半分残したから食べていいよ。


『すず』
バカでかいって笑。
聞こえるように声張ったんだけど。
わ、アイス、私が先にたべたんだが。
ま、いっか。
毎日水汲みご苦労様です。
どうせりんも私もジュースしか飲まないのにな。
ハンバーグあざす。
私の方は茜ちゃんといつものように部活行って楽しんできました。
りんとあいつがご飯食べてる時裏口からこっそり入るの苦労した。。。
次回は来週の水曜日です!よろしく!



8月4日
『りん』
11時に起きた。
水汲み行った。
水汲みは、すずのためだかんな。
あいつは今日具合悪いらしい。
ざまあみやがれ。


『すず』
私のため?
私その水飲まないよ?笑
あいつは明日病院いくんかな?
りんの作ったご飯あんま美味しくない。
練習して。





8月5日
『りん』
あいつ肺がんだって。末期!
わたしがこの10年積み上げてきたことがやっと実った。

P.S.そんなこと言うならたべるな。


『すず』
10年積み上げてきたことって何?

P.S.ごめんなさい。



8月6日
『りん』
あの湧き水、ヒ素含まれてるの知ってたの。
だから節約のためって言って飲ませてた。
10年前から。






私が産んだのは双子だった。
女の子の双子。
まさか双子だと思わなかったから名前はひとつしか決めてなかった。
だから、お姉ちゃんに「鈴」の漢字を、妹に「りん」の音をつけることにした。

2人はよく似てた。
でも2人も要らなかった。


大きくなるにつれて
りんの方が勉強が得意でお利口だと気づいた。


だから、娘を1人にしようと思った。
彼と別れてこの田舎に来た時に、ちょうどいいと思って山に捨てた。



りんは可愛かった。
大切に育てた。


もっとりんの成長を見ていたかった。
癌か、、、







りんと私は仲良しだった。
大好きだった。


でもある時から母親が私だけをぶつようになった。


そしてある日、母親は私を山に捨てた。
ドライブだと言われて連れていかれた廃墟に置き去りにされたのだ。

あぁ、私は死ぬんだ。
りんにももうあえない。


子どもながらにそう思った。

でも、頭のよかったりんは廃墟の場所を覚えていて、翌日母親が留守のときに何時間もかけて
自転車で迎えに来てくれた。

下り坂を2人乗りで駆け下り、りんの部屋の押し入れに隠れた。

幸い、私たちはよく似ていた。
時々入れ替わる私たちに友達はおろか、あの母親ですら気づかなかった。

そんな生活を10年も続けた。




やっと自由だ。





風鈴がすずしい音を鳴らす。
鈴とりんは縁側に並んでアイスを食べる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?