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見ずに済んでいる社会を凝視させてくれる漫画「健康で文化的な最低限度の生活」

(途中からネタバレがあります。ネタバレ前にその旨、書きます。)

漫画「健康で文化的な最低限度の生活」は、生活保護支給の事務を行う区役所の生活課が舞台です。大学を卒業し、生活課に配属することになった義経えみる(よしつね えみる)が、生活課で知り合う方々との出会いを通じて、悩み、問題に向き合うお話です。


私は、世の中で生きづらさを感じる人たちの負担を軽減したいと思っています。それはいつ自分が同じ境遇になるかわからないから。
自分だけではありません。親や兄弟、親しい友人、将来、自分の子どもがそういう境遇にならないとも限らない。

今、私は幸い、正社員として会社に勤めていて、給料をもらい生活することができています。

しかし、不安もあります。
メンタルが強いわけではないから何もかも嫌になって、仕事を放り出してしまうかもしれない。離婚したばかりの一人暮らし、なのに貯蓄もない。何か理由があって、今の仕事を辞めることになったら、家賃の支払いなどの小さな借金からはじめ、それを積み重ねて、早晩、困窮に至る未来も想像できます。

自分のこと、過去に出会った身近な人たちの苦しさを知っていれば、生活に困窮することも、自分の隣に横たわっている想像ができます。

ところが、世の中には、
 日本は裕福で貧困なんてないと言う人、
 鬱になった人に「本当はただの甘えでしょ」なんて言う人、
 生活が困窮するのは自業自得だと考えている人、
 今の境遇がまずいのは努力が足りないと思っている人
など、経緯やその人の特性をまるで理解してしない人たちがなんと多いことでしょう。


それは、あなたの想像力の不足じゃないか!


しかし、厳しい境遇にいる人たちを助けるには、想像力の不足した人たちにも経済的な支援をお願いすることや、手助けをお願いすることが必要な場面もあります。
(寄付の協力、地域・学校の理解を得ること など)

私にとって、漫画「健康で文化的な最低限度の生活」は、現実を知らず、自分の隣に横たわる世界を想像すらしないわからず屋に、説得力のあるメッセージを伝える参考のため、くらいに思って読み出した漫画でした。

しかし、2巻で、すぐにその考えを改めることになります。
私も、わからず屋だと思っている人たちと同じ、何も知らない、想像力のない人間でした。

主人公 義経えみる(よしつね えみる)の同期、栗橋千奈(くりはし ちな)が担当した中林(なかばやし)さんの話を読んで、そう思いました。

(以下、ネタバレを含みます)

生活保護費の原資はもちろん、税金です。
係長は、えみるや栗橋たち職員にハッパをかけます。改めて、働くことができる稼働年齢層(15歳〜64歳)の洗い出しをして、就労支援を強化し、生活保護費の削減をしましょう、と。

栗橋さんは、えみると同じ福祉専門職の新人ケースワーカーですが、新卒のえみるとは違い、社会人経験もあり、社会福祉制度にも詳しい。新人離れしています。着実に、淡々と業務をこなします。

そんな中、栗橋さんが担当する中林さんは、いつまで経っても、求職活動をしません。ハローワークに行っても求人票のコピーだけ帰ってくるだけ、面接当日にドタキャンするなど、栗橋さんは中林さんが就労意欲がないと判断します。

栗橋さんは、生活保護の打ち切りを考え、生活保護廃止の前段階である、生活保護を打ち切りますという指示書を出します。

ここまで読んで、読者として、まぁ中林さんにも何か事情はあるんだろう、栗橋さんも性急だけど、こういうこともあるよね、くらいに思っていました。

いよいよ中林さんに弁明の機会を与える聴聞会の日が訪れます。

栗橋さんは、生活保護が、障がい者、傷病者にとって必要な制度だけど、その制度を怠惰な日々に使われるのは困る、何か反論があれば、ぜひ、言っていただきたい、そう考えます。

課長たちは、聴聞するので結果を待つように栗橋さんに伝えます。

聴聞が始まり早々、

「栗橋さん ちょっと…」

「ハイ」

「君…」「今まで中林さんからどんな話を聞いてたんだ?」


「中林さん 字ィ読めないぞ。」


あぁぁ、ごめんなさい。
あなた(中林さん)も私が助けたい一人でした!
日本では識字率が100%近いと思っているから、そんな事情について読んでいた私も想像もできませんでした。中林さんが字が読めないことで過去、どれほど屈辱的な思い、経験をしてきたのか、それを思うと苦しくなります。

自分には、少しは知識があって、想像力も持ち合わせているなんて、うぬぼれもいいとこです。中林さんの話は、本当に読んでいて恥じ入りました。

これ以上のネタバレはしたくないので、他の事例については書きませんが、毎回、少しずつ、自分が想像力のない人間であると思い知らされています。平和な自分の世界に横たわることに思いを馳せて、自分ができることはないか、考えるきっかけをいただいています。

ドラマ化されただけあって、人間ドラマとしても楽しめる作品です。
また、選挙の時だけ、目立つ候補者の主張を聞くだけで、自分の生活の範囲内にある社会問題について知らない人にも、ぜひ手にとって読んでいただきたい作品です。おすすめです。

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