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『老人ホームで死ぬほどモテたい』で目にとまってしまった歌

昨年12月の誕生日にもらった歌集の一冊。

離婚した両親。母には彼氏がいて、お父さんはフィリピンで女性と暮らしている。好きなことをして生きてきたであろう父親。その父の死。母と姉とも特別うまくいっている感じはしないけれど、上坂さんの人生や生活にはしっかり重なる部分がある。当たり前だけれど、楽しいばかりではない、生活と人間関係に対する独特の実感が溢れている歌集。

目にとまった歌たち

下半身から血が出る日にもおにぎりを握り続ける母という人

『老人ホームで死ぬほどモテたい(新鋭短歌シリーズ)』©2022 上坂あゆ美/書肆侃侃房

血の匂いがする歌。毎日、おにぎりを握っているという事実だけがある。やりたくなくても毎日黙々と握っているのか、機嫌が悪いけどとにかく握っているのか、その辺はわからないけど、生理の日にも握っている、というだけで、台所で母が握る風景と、母と家族の日常を想像してしまえて、どうしても目にとまってしまった歌。

毎日のこと、それを生々しい事実を挟むことで、他人にも背景を想像させてしまえる短歌ができることは覚えておきたい(どっかで使いたい)。

お父さんお元気ですかフィリピンの女の乳首は何色ですか

『老人ホームで死ぬほどモテたい(新鋭短歌シリーズ)』©2022 上坂あゆ美/書肆侃侃房

周りから見ると、割と好きなように暮らしてきたであろう父が、フィリピンで女性と暮らしているという。気にかけたいわけでもないけど、意識に上ってくる父にかける言葉としては、たぶん不適切だけれど、他に言いようのない問いかけが、何というか、すごい、おもしろい、素敵、いや、何といえばいいのか… とにかく目にとまった歌。

作歌の上で真似しようとすれば、時々意識に上ってくる相手に対して、相手が嫌がるかもしれない、飲み込んでしまうようなことを、あえて下卑た言葉にして、さらにそれをちょっとマイルドにする、みたいなことをすればできるのかな。上坂さんが、そんな工程を踏んだとは思えないけど、こんな刺さり方する歌ができるのなら、自分でも真似して詠んでみたい。いかにも駄作になりそうな匂いがする。

大体はタンパク質と水なのにどうして君が好きなんだろう

『老人ホームで死ぬほどモテたい(新鋭短歌シリーズ)』©2022 上坂あゆ美/書肆侃侃房

人の構成要素は、所詮、物質だということ。でも、意味のある存在だよ! みたいな思考はよく見かける。でも、ただの物質というところからスタートする思考はあまり見ない気がする。愛着のある物でもない、ただの分子・原子に好きも何もないはずだけれど、でも、その集合体である誰かを好きになる不思議。考える順番を変えるだけで、新しく見える。

桜舞う森でピースで立ったまま散るな笑うな 最終回かよ

『老人ホームで死ぬほどモテたい(新鋭短歌シリーズ)』©2022 上坂あゆ美/書肆侃侃房

漫画でよく見かける構図・シーンをあからさまに狙う場合には、その場で誰か突っ込みを入れることはあるだろう。さらに写真になった後、〇〇みたいだね、おかしいね、という場面もありそうだ。これはまだ、誰も突っ込みを入れてなくて、シャッターを切る人だけが気づくような場面のよう。「最終回かよ」の一言で画がイメージできてしまう。植物である桜に対してまで突っ込みを入れていることにおかしみを感じるんだろうけど、そんな分析めいたことをしなくても、ただ読んで、ニヤニヤすればいい歌。たぶん、妄想の中のシーンだろうと思うのだけれど、うまいなぁ。

二句に「で」が重なるので、自分の歌なら直したくなりそうだけど、テンポがあっていい。自分が詠んだ歌なら、「桜舞う森でピースして立つな散るな笑うな 最終回かよ」みたいにしちゃいそう。

天使って紙一重だよ いっぽんの棒がわずかにずれれば大便

『老人ホームで死ぬほどモテたい(新鋭短歌シリーズ)』©2022 上坂あゆ美/書肆侃侃房

文字に対して、何かちょっと変えれば、おかしなことになるよ、という短歌をどこかで見たような気がするけど、どこだったか。俵万智さんかな。でも、まさか「天使」が「大便」になるような大変な気づきではなかったはず。「天使」と「大便」が似てるなと思っても、普通は歌にまでしようとはしない。この歌集には、生理現象がよく出てくるので、上坂さんのように生理現象を感じる人じゃないと歌にならないだろう。

自分にも、他人にない、独特の質感が見つかれば、何かおもしろい短歌が詠めるようになるのかなぁ。

感想

本当はもっと気になった歌があるんですよ。
最初のほうにある母の彼氏と大便の歌も、精子と国会中継も。でも上坂さんの語る空気感も歌集全体に流れる雰囲気や生活感も感じないままに、そこだけ切り取ってしまうと、ただ下品で、えぐいだけに感じるかもしれないので、外しました。でも、ほとんど不快感はなく、読めました。人によっては、不快に感じることもあるのかな。

読んでいると、生きる質感が生々しくて、重いなとか、煩わしいな、と感じた瞬間もありましたけど、それは、生きる範囲で感じる生々しさを外れるものではなかったように感じます。

「あとがき」に書かれたように、上坂さんは、どこか冷めた目で見てしまう方なんでしょうけど、別に感受性豊かで、それをおもしろい言葉に変換できる人じゃなくても、生活と生理現象に対する独特な質感を武器に、他人がおもしろいと感じる短歌が詠めるという事実を知れてよかったと思いました。自分にもそんな特殊な質感を感じるみたいな武器がないかなぁ。あるといいなぁ。おもしろかったです。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。