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情報加工したツイートをする人、のっかる人への違和感

6月19日、ある党の候補者がコインパーキングの駐車スペースの板を踏まずに駐車している写真がタイムラインに流れてきた。

これはダメだなー。

社会をよくするためにルールを変えることもやむなしと考えるのはいいが、基本、議員で順法意識が低いのはダメだ!
と憤った後、

あれ?
この写真見たことあるぞ??

調べるとすぐに出てきた。2019年の区議会議員選挙の時の写真だ。

6月19日のツイートは、2019年のツイートをシェアしたものではなく、画像を手元に落として、6月19日のツイートとして投稿されていた。7月に参院選を控えている中、これを見た人の多くは、どの選挙区の候補者かも調べずに、党のイメージだけを悪くするだろう。支持政党ではないものの、こういうやり方はフェアじゃないな、と感じた。

何でこんなことするんだろう。

酒が入っていたので、ついリプライ欄に、
「2019年の話でしょ。今の出来事として投稿するのはどうなの?」
というコメントをしてしまった。しばらくして、私のコメントに「いいね」がついた。同じ考えの人もいるよね、と思ったが、驚いたのはその後…

私のコメントにリプライがついて、「悪いことしたんだから同じだろ」的なコメントがついた。さらに、その私のコメントのリプライに10件近く「いいね」がついた。

え? どういうこと??

同じじゃないだろ。。

私のリプライへの違和感

私が違和感を感じたのは、3点。

一点目は、当時、その候補者が、ちゃんとした謝罪ができていたかはともかく、一度、社会的な制裁を受けた(ネットでたたかれた)人に対して、悪いことしたから叩かれるのが当たり前だと考えること。

例えとして近しいものになるかわからないが、3年前に万引きをして、周りにたたかれ、反省して生活をしていたところ、「この人、昨日、万引きしました!」と言われるとどうだろう? どんな犯罪だろうと、もちろん相手次第ではあるが、更生の機会を一度は考えてみてもいいのではないか。
(イメージしやすい犯罪として万引きを出したが、犯罪は犯罪。ダメなものはダメ)

次に納得がいかないのは、3年前の行為を、今やっています、と投稿すること。今の出来事と誤解されても仕方ない状態で周知させる行為は、よくないのではないか? ニュースであれば、一番大事な属性(発生時刻)を加工したのだ。嘘をついたことと同じだと思うし、他の情報が本当なだけに、ただの噓より信ぴょう性が出てしまう。

もし、議員の資質を問いたい正義感からの投稿であれば、3年前にこういうことをした人です、でいいはず。
(しかも、この件は、本人の関与もあやふやだ)

3つ目は、参院選前というタイミングだ。
ここぞ!というタイミング、ここが効果的というタイミングで、嘘情報を投げ込む行為はどうなのだろう?

悪意があると言えないだろうか。

なんでこんなことをするんだろう?

noteを毎日公開しているので、Twitterからの影響を見るために、時々、Twitterの「アナリティクス」機能で、インプレッション(いわゆるPV)を確認することがある。ちょっとインプレッションを確認しようとしたところ…

えー、リプライなのに、3万超えてんじゃないか?!

以前、糸井重里さん(フォロワー数200万超)に、ツイートをRTいただいた時並みじゃないか! しかも本体のツイートは、5万いいね超えてるし。

私がリプライをつけた本体のツイートは、どのくらいインプレッションがあるんだ?!!

そりゃ、嘘でもツイートしたくなるか…。

フォロワーを集めることに喜びを見出したのかわからないし、「いいね」やリツイートに自分が認められたと感じるせいかわからないけど、こんだけ反響があると、過激な内容をツイートしたくなるのかもなぁ。「いいね」の反応が気持ちいいだけで、本人は悪意もないのかもしれない。

元ツイートの投稿者は、政治的なニュースの投稿をよくしているようだ。
こんな投稿、情報の切り取りをするメディアを非難する人がやっちゃダメだよ。正しい情報を伝えない人の主張は聞けないよ。。

私も、誰かを非難したくなる時は、少なくとも情報ソースは確認しよう。なるべく正しい情報を共有しよう。

そして、自分の子どもには昔、悪いことをしたからといって、自分が被害にあったのでなければ安易に誰かを責めることはしないでね、と伝えよう。何がきっかけで罪を犯す側に立つかわからないんだし。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。