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はじめての「はじめてのトランスジェンダー」その1  Q1 トランスジェンダーの定義を教えてください について

こんにちは。
はじめての「はじめてのトランスジェンダー」その1です。

はじめてのトランスジェンダーというサイトがありますね。

こちらのサイトはトランスジェンダーについて知りたいという人に紹介されることが多いサイトです。
しかし、このサイトには非常に多くの問題点が指摘されていて、トランスジェンダーについてはじめて学ぶ人に対して非常に不誠実な内容となっています。
それをなるべく丁寧に説明していきたいと思います。

あまりに指摘すべきことが多いため、数回に分けて解説していきます。


このサイトで一番最初に目に付き、引用されることも多いのはこちらのトランスジェンダーについてのよくある質問(FAQ)のページかと思います。
この質問項目を順番に見ていきましょう。

トランスジェンダーについてのよくある質問(FAQ)

質問を順番に見ていきましょう。
Q1 トランスジェンダーの定義を教えてください について


1.トランスジェンダーの定義について

最初の質問と回答は以下の通りです。
Q1 トランスジェンダーの定義を教えてください
トランスジェンダーは出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認(ジェンダー・アイデンティティ=自己の属する性別についての認識に関する同一性の有無または程度)を持つ人を指します。性自認は個人の重要なアイデンティティであり、単なる自称とは異なります。性自認は性同一性と訳されることもあります

まず、この定義ですが、「トランスジェンダーの定義の一つ」に過ぎません。
他の団体による定義を見てみましょう。

たとえば国連の定義ではこうです。
UN Free & Equal | Definitions (unfe.org)
Transgender (sometimes shortened to “trans”) is an umbrella term used to describe a wide range of identities whose appearance and characteristics are perceived as gender atypical —including transsexual people, cross-dressers (sometimes referred to as “transvestites”)
DeepLで日本語に訳すと
「トランスジェンダー(「トランス」と略されることもある)は、外見や特性が性別に関係なく認識されるさまざまなアイデンティティを表す包括的な用語であり、ニューハーフ、女装家(「トランスベスタイト」と呼ばれることもある)などが含まれる。」
女装家(クロスドレッサーの翻訳)が含まれる!?そう書いてありますね。

次いで国際的人権団体のアムネスティインターナショナルの定義を見てみましょう。
LGBT Rights - Amnesty International
Transgender (or trans) people are individuals whose gender identity or gender expression is different from typical expectations of the gender they were assigned at birth.
DeepLで日本語に訳すと
「トランスジェンダー(またはトランス)とは、性自認や性表現が、出生時に割り当てられた性別に対する一般的な期待とは異なる人のことです。」
性自認だけでなく、性表現が違う人も含まれるとしています。
「gender identity or gender expression」とありますので、性自認は男性だけど性表現は女性と言う人、つまりただ女装をしているだけの男性もトランスジェンダーであるということになりますね。

今度は日本にトランスジェンダーを紹介した書籍である
『トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定』(米沢 泉美 編著)を見てみましょう。

その中では「自分の生物学的な性別、または社会的に決められたその性別「らしい」振る舞いを求められることに対し、何らかの違和感を感じている人びと。」と定義されています。
「何らかの違和感を感じている」程度でトランスジェンダーであるならば、当てはまる人はかなり多いのではないでしょうか?
「ハイヒールを履くことを求められることに違和感を感じている女性」はおそらく過半数でしょう。
実際ツイッターでアンケートとったところ、女性の8割以上、男性も5割以上が「自分の生物学的な性別、または社会的に決められたその性別「らしい」振る舞いを求められることに対し、何らかの違和感を感じている」と回答しました。

最後にイギリスなどで活動するLGBT権利団体であるストーン・ウォールの定義はこうです。

Trans is an umbrella term to describe people whose gender is not the same as, or does not sit comfortably with, the sex they were assigned at birth.
「トランスとは、生まれたときに割り当てられた性別と同じでない、あるいは違和感がある人たちを表す包括的な用語です。」
ようやく「はじめてのトランスジェンダー」に近づきました。でも「同じでない」と明言まではしていませんね。違和感がある程度の人まで含んでいます。この「違和感がある」と訳されている表現、英語では「does not sit comfortably」と書かれています。「座りが悪い」とでも言いましょうか。

座りが悪いと感じているのは、下のリンクに書かれているような、女性に社会が押し付けてくる性役割への忌避感によるものが多いでしょう。
下記のリンクでは女性がジェンダーに違和感を持つきっかけが多く描かれています。

違和感だけでトランスジェンダーだというならば、明確に「出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認」を持つ人の数倍いるでしょう。

以上から
・トランスジェンダーという言葉の定義は様々な団体によって定義が違い、意味範囲にかなりの幅がある概念である。
・「はじめてのトランスジェンダー」で紹介されているトランスジェンダーの定義は様々な団体の設定している定義とはズレがある。国連の定義とはかなりズレが大きい。
・その中でも非常に狭い定義を用いている。
・そのような用語でありながら、用語の多義性について語ることなく自身の定義が唯一の定義であるかのように語っている。
ということが分かります。

この時点で「初めて」トランスジェンダーについて知る人に向けた文章としては不適切であると私は考えます。


2.単なる自称とは異なるのか

次に「性自認は個人の重要なアイデンティティであり、単なる自称とは異なります。」について見ていきましょう。

「日本で最初のトランスジェンダーの大学教員となった。」と語り自身もトランス女性当事者であり、『トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定』の執筆陣の一人でもある三橋順子さんへのインタビュー記事のなかでは以下のように語られているます。
「トランスジェンダーは性(ジェンダー)を横断する(トランス)という字義通り、生まれた時に割り当てられた性別とは別の性別を生きる人という意味。誰かに診断や認定されるまでもなく、本人が自称するアイデンティティだ。」

もう一度いいます。「本人が自称するアイデンティティだ。」
自称だといっていますね。

なお三橋さんのこのトランスは自称だというのは、言葉の綾だとか前後の文脈からしてそういう意味ではないというような内容ではありません。
その証拠に三橋さんは何度もトランスとは自称であることを語っています。
(鍵アカウントであるためスクリーンショットより引用)

トランスは基本自称

三橋さんの言葉を見るとむしろ他者からの干渉不可能性こそが重要であると捉えているようです。

自称じゃないトランス女性って何

三橋さんだけが特殊な立場なのかといえば、そうではありません。

経済産業省に勤務し、経済産業省を相手に自由に女子トイレを使う権利を求めて訴訟を起こしているトランス女性のにゃんにゃんOLさんはこう語っています。「「トランスジェンダー」は、人がそういえば、もうその人は間違いなく「トランスジェンダー」である。 だって、他人はそれを否定できない。基本自称するものだし。 まるっきし男にしか見えなくても「性自認が女性のトランスジェンダーです!」と言われれば、他者はそれを肯定するしかない。」 

「基本自称するもの」ということです。
三橋さんやにゃんにゃんOLさんの意見を見る限りでは、社会的に何らかの証拠があるからトランスな訳ではない、自己決定のみによって決定できるという、そのことが重要であると捉えているように見えます。
何かしら外部機関によって判断を受けると言うその行為が、結局は権威によって自身のアイデンティティを決定されるというアイデンティティへの侵害行為になるということでしょう。

海外のトランス・プライド・マーチなどを見ていても「I am who I say I am」というプラカードは定番のメッセージです。「私は、私が言う通りの人間である」と高らかに掲げたメッセージは、自称の絶対性を語ります。
TransgenderJapan代表の畑野トマトさんも同様のメッセージを発しています。

「自称とは異なります」という「はじめてのトランスジェンダー」記述とは大分異なるようです。
「はじめてのトランスジェンダー」を作成したサイト運営者個人は自称だとは捉えていないのかもしれませんが、そういう自分の立場が普遍的であるかのように「初めての」人に伝えるのはやはり客観性を欠くと言わざるを得ません。


3.性自認は性同一性と訳されることもあるということは

性自認の別の訳が性同一性だとのことです。この説明自体はおかしくありません。どちらもGender identityを訳した言葉です。

それを踏まえてLGBT理解増進法の与野党合意案を見てみましょう。

第二条の2に性自認の定義として以下のように書いてあります。
「この法律において「性自認」とは、自己の属する性別についての認識に関する性同一性の有無又は程度に係る意識をいうこと。」

さて、性自認と性同一性が同じものであるならば、この条文は「性自認とは性自認の状態」と言っているに過ぎないことになります。
つまり定義と言っていながら何も定義できていないのです。
LGBT理解増進法は「性自認」に基づく差別を禁止すると言っておきながら、
その性自認とは「性自認の状態」としか定義されていません。
これでは実質何も定義されていないと同じであり、
法律として国内で一律に課すルールとしては不十分ではないでしょうか。


4.そもそも定義が拒否されている

それぞれの主体が別々の意味で「トランスジェンダー」という言葉を使っていることが見えてきました。
そのように定義が人によって違う状況のままではルールも何も語ることはできません。
「性同一性障害で性別適合手術を受けて戸籍を女子に変えた人は社会的に女性として扱うべきだろう」という人が、もしや「ただスカートを履いた女性装の人」までそれと同じルールを採用すべきと考えているとは限りませんよね?
「トランスジェンダー」について社会のルールを考える際に、その言葉がどの範囲を指すのか分からなければ語りようがありません。

今はバラバラなのでその定義を一義的に定めた上でルール化しようという意見が出るのは当然です。
ところが、その定義を統一ことが拒否されている現状があります。

下記は社会学者の小宮友根さんの発信です。
「トランスジェンダーの定義は誰がどのトイレを使うかを決めるためのものではないからその議論には使えないということを理解せずに誰がどのトイレを使うかを決めるためにトランスジェンダーの定義を要求し続けていたら終わるわけがない。」 

ルールを話し合うための定義は、ルールを決めることがいけないから定義はできないというのです。

定義は統一されず、人によってどの範囲の人を指すのか違います。おまけにそれを統一するための対話さえも拒否されているのが現状です。

それらの現状を全て語らないままで、
「トランスジェンダーの定義はこれだ」と宣言してしまうことは
非常に雑な言葉であるように感じます。


5 まとめ

以上の事から、以下のことがいえます。

・トランスジェンダーの定義は複数ある。
・女性装もトランスジェンダー、違和感のみでもトランスジェンダーなどの定義があり「はじめてのトランスジェンダー」で採用されているのはその中でかなり狭い定義の仕方である。おそらく最も狭い定義。
・トランスジェンダーは自称であるというのは複数の専門家・活動家によって言及されており、「はじめてのトランスジェンダー」の記述と食い違う。
・定義を確定するための対話は拒否されているため、複数の定義が並列した曖昧な状態のままになっている。
・「はじめてのトランスジェンダー」は初心者向けサイトを謡いながらそれらの状況について言及していない。

Q1については以上です。

目次はこちら
はじめての「はじめてのトランスジェンダー」目次|ヘイトを許さない一市民🐸人権を相対化する改憲に反対|note


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