見出し画像

はじめての「はじめてのトランスジェンダー」その4 Q7 トランスジェンダーの人たちは脱病理化を求めているのですか? 後編 + Q6 性同一性障害は病気ではなくなりますか

こんにちは。
はじめての「はじめてのトランスジェンダー」その4です。

はじめてのトランスジェンダーというサイトがありますね。

こちらのサイトはトランスジェンダーについて知りたいという人に紹介されることが多いサイトです。
しかし、このサイトには非常に多くの問題点が指摘されていて、トランスジェンダーについてはじめて学ぶ人に対して非常に不誠実な内容となっています。
それをなるべく丁寧に説明していきたいと思います。

前編はこちらです。


今回は Q7 トランスジェンダーの人たちは脱病理化を求めているのですか について見ていきましょう、という話の続きです。

3 なぜ「治療」より「脱病理化」なのか

前編で紹介したように自身の身体が望んだ状態でないことで苦しみを感じている性同一性障害(GID)/性別不合(GI)(以下GID)当事者にとっては、
苦しみを取り除くためにも医師による正確な見立てと判断による「治療」こそが求められるはずです。
それにも関わらず脱病理化が当事者の総意であると見せるような発信をするのは何故でしょうか?

これは同性愛運動の手法をそのまま持ってくることで起きている問題かと思われます。

同性愛運動においては
「同性を愛するのは病気ではない。治療などしようとするな」と主張することは重要でした。
しかしトランス、というかその中でも性同一性障害に関しては
「異性の身体に近づきたいと感じるのは病気ではない。治療などしようとするな」と主張しているのでしょうか?
何かおかしいですね。
むしろ「治療してくれ」と主張しているはずです。

同性愛は「同性を愛する」という現状を肯定すれば足ります。
しかし、GIDは「自分の身体の状態が苦しい」という現状を肯定した上で
その苦しみを取り除く措置が求められます。

医師のみですべてを解決できないものもあるでしょう。
しかし、医師によって正確な見立てを行わなければ
実際には本人にとって有効でない対処法をしてしまったり
取り返しのつかない行動をとってしまうこともあるでしょう。


4 脱病理化の背景にある「性同一性障害」の透明化

GIDには医療が重要だという話をしました。
それなのにサイト運営者のようにトランス当事者から
脱病理化を訴える人々がいるのは何故でしょうか

トランス主義活動家は「GIDに関しては病理としての対応が必要だが、
病理化の必要ないトランスもいる」という言い方はしません。
GIDを巻き込みながら、全てを脱病理化しようとします。
わざわざ実際に病理としての対応を求めている当事者を
透明化しているのです。

ここではGIDとトランスジェンダーの微妙な緊張関係を見たいと思います。
Q4,Q5を見てみましょう。

「Q4 戸籍を変更しているトランスジェンダーの方はどれくらいいますか
2004年施行された性同一性障害特例法に基づき戸籍上の性別を変更した人は、19年までの15年間で計9625人にわたります。なお日本精神神経学会の研究グループによれば15年末までに性同一性障害の診断を受けた人が延べ2万2435人にのぼるため、性同一性障害の診断をもつトランスジェンダーの半数以上が戸籍の性別変更に至ってない現状があります。」

「Q5 性同一性障害とトランスジェンダーはどうちがいますか
性同一性障害は疾患名ですが、トランスジェンダーは医療の枠組みによらず当事者が自らをさすための用語です。我が国ではホルモン療法や手術療法などの性別移行に関わる医療行為を受ける際には二名の精神科医により性同一性障害の診断を得ることが日本精神神経学会のガイドライン上もとめられています。ガイドライン外で治療を受けたり、そもそも性別移行に関わる医療行為をしていなかったりする場合にはトランスジェンダーでありつつ性同一性障害の診断を有さないことがあります。」

まずQ4では性同一性障害の診断を受けた人は22,435人とのことです。
2015年の国勢調査で日本の人口が1億2,711万人ですから、
人口の0.017%です。

大阪や埼玉の調査の定義によるトランスジェンダーが
人口の0.6%というのですから、
性同一性障害の診断を受ける人はトランスジェンダーの1/35ぐらい
ということですね。
トランスジェンダーの人のほとんどは性同一性障害ではないのです。

そして、サイト運営者のコメントによるとその性同一性障害の診断を受けた人の中でも
半分以上は性別適合手術は受けていません。

数値割合はバラバラですが、
以下のような証言からも少なくとも手術を受けない人が
マジョリティであることは読み取れますね。

性同一性障害は自身の身体に関する違和と継続した苦しみが
診断の前提となりますが
トランスジェンダーにはそういったものは必要ありません。

性同一性障害ではないトランスジェンダーの人たちにとっては
医師による診断や治療などそもそも不要なのです。

つまりトランスジェンダーの中のマジョリティである
医療を必要としない人々によって
トランスジェンダーの中のマイノリティである
医療的介入を必要とする人々の声が消されている、
ということをサイト運営者の回答が浮き彫りにしているのです。

ここでいうマジョリティ-マイノリティとは単に人数の多寡ではありません。
性別違和によって苦痛を感じている性同一性障害者と
それを感じない趣味女装や週末女装のトランスジェンダーでは、
前者の方が安定した社会生活の困難度は高く、
また医療費、手術費などの経済的負担も多くなります。
心身の健康、経済力、社会的地位などの面で
ライトなトランスジェンダーほど優位に立てることになります。

マイノリティの中のマイノリティの声が
価値のない物として消されてしまった結果が脱病理化なのですね。


5 脱病理化によって引き込んでしまうもの

脱病理化を行えば、どのような変化が起きるでしょうか?

性同一性障害を診断するに当たっては、
統合失調症、PTSD、自閉スペクトラム症などの
他の発達障害/精神障害によるものでないのか
専門的かつ客観的な判断が必要です。

性同一性障害に自閉スペクトラム症の人の割合が有意に多いなど
その診断が十分に慎重に行われているかは疑問ですが、
(下記のリンクを参照)

それでも少なくとも専門的目線と客観的基準による判断が行われ、
ある程度は除外が行われています。

しかし、医師の診断が必要ないとなれば、
それらの除外が行われません。
自閉スペクトラム症による思考の幅の広げづらさによって
「自分は男性に違いない」と思っている人、
統合失調症による妄想によって
「自分は女性に違いない」と思っている人、
あるいはセックスとジェンダーの違いを学んでいないために
「女らしさ」の枠に沿わないから
「自分はノンバイナリーに違いない」と思っている人、
更には性犯罪目的で「自分は女だ」と名乗っている人、
それらは医師が確かな診断を行うことができれば除外されるはずです。

脱医療化を行えば、それらの人々が全て
「トランスジェンダー」という枠組みに入れられ、
更には性同一性障害とも同じ枠組みとして扱われてしまうことになります。


6 医療的介入に対する曖昧な態度

もちろんサイト運営者も医療的介入を求めている当事者がいない訳ではないことは知っています。
そこでサイト運営者は逃げ道を用意しています。
それがQ6です。

「Q6 性同一性障害は病気ではなくなりますか
2018年に改訂された国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)では性同一性障害は精神疾患ではなく性保健健康関連の病態(仮訳)に分類され、名称が性別不合(仮訳)に改められました。名称や分類は変わりますが、性別移行に関わる医療行為を必要とする人を対象に、今後しばらくは疾患としての運用がなされる予定です。」

おそらくこの回答をもって
「病気じゃなくなることに手放しで賛成している訳ではないよ」という
言い訳をしているのでしょう。

ですが、この「しばらくは疾患としての運用がなされる予定」というのは
なんとも煮え切らない態度です。
そもそも「病気ではなくなりますか」という質問に対して回答をしていません。
未来の話のようで現状こうであるという話でしかありません。

質問者が知りたいのは当面の運用ではなく
将来的に医療的支援を受ける道が絶たれるのか、
そしてサイト運営者はじめとしたトランス主義活動家がその方針を支持するか
反対するのかという点でしょう。

それに対して態度を明らかにすると
どちらにしても当事者からの大きな反発が予想されます。
そこで未来に対しての見通しを曖昧にしたまま
当面はこうであるという回答をしたのかも知れません。


7 まとめ

以上のことから以下のことがいえます。

・Q7 トランスジェンダーの人たちは脱病理化を求めているのですか という質問にそもそも答えていない。
・「人による」という事情を隠しながら、肯定的であるかのように印象付ける回答をしている。
・病理としての対応が必要な性同一性障害者の声を透明化している。
・その背景に性同一性障害者がトランスジェンダーの中のマイノリティである事情がある。
・脱病理化によって、医療的な診断があれば除外されたはずの人々が引き込まれてしまうことになる。
・病気ではなくなるかという質問に答えていない。


目次はこちら
はじめての「はじめてのトランスジェンダー」目次|ヘイトを許さない一市民🐸人権を相対化する改憲に反対|note

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?