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社会貢献を精神論にしない

ツッコまれどころ満載の持論を書いてみる。

企業の究極の社会貢献は、事業を成長させることだと思ってる。事業を成長させ利益を産めば、それを社員や株主だけでなく、社会に有効に役立てることができる。社会貢献自体を目的とする企業内組織は、それと対比したパフォーマンス評価をしっかり客観的に見極めて取り組むことが大切だと思うのだけど、そうなっていない企業が多い。

例えば、社会貢献を担当する部署に10人いたとする。ざっくり給与福利等、必要経費等で一人年間800万円の費用がかかるとすれば、1年で約1億円のコストだ。この部署を解散して、毎年1億円を社会貢献活動をしているNPOなどに寄付し、専門家に有効に使ってもらう以上の価値(成果)を生み出さないと意味がない。いや、実は1億ではなくて、さらには彼らが本来事業で生み出すはずの利益もそこに加えられるわけだから、その何倍ものお金と比べるべきとも言える。

どうしても、貧困な国に学校を建てたとか、感情的な部分に訴える活動に注目されがちだし、やった感も生まれやすい。金で解決する取り組みに対するネガティブな印象もあるだろう。特に、日本は過去経済力を頼りに国際社会に対して金で処理してきた部分もあるから尚更。

最近は、従業員参加と事業への組み込みが重要だと言われるようになったけど、従業員参加で生み出す価値が、その従業員のコストと本業で生み出すはずの価値を足したものを比較する見方があって、初めて成果を評価できると思うのだけど、そこが抜け落ちているじゃないのかな。ステップ論であるならいいのだけど。

社会貢献は、取り組んでいることや取り組ませていることに酔わない方がいい。良いことだけに。という意味で書いてみたけど、それは違うよという方がいたら優しくコッソリ諭してね。


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