タンクトップ

 私はタンクトップが嫌いだ。

 あれは、小学校3年生の夏休みでした。私の地元は、山と海に囲まれて自然に恵まれた田舎町でした。まだテレビゲームが出始めたころで、所有しているものも少なく、子供達の遊び場はもっぱら山や海でした。その日も、朝からさまざまな蝉の鳴き声が響きわたり、夏休みの朝を、にぎやかに演出してくれていました。

 私は、起きると冷たい水で顔を洗い、歯を磨きました。今日は、友達二人と三人でカブトムシを捕りに山へ行く約束をしていました。私はタンス開けると、いつも一番上にある、白いヨレヨレのお気に入りのタンクトップを引っ掴み、スッポリと身に纏うと、体操着の短パンを履いて外へ飛び出し自転車に跨りました。待ち合わせ場所は、地元の山間部を走る旧国道。そこを登って行くとその脇にある、クヌギの木が何本も生えた場所。子供たちの中では有名な虫取りスポットでした。

 虫取りスポットは、旧国道の中でも最大の急カーブのガードレールを超えた場所にありました。急カーブのガードレールは、走り屋の車が曲がりきれずにぶつかって、グニャりと凹み、表面は経年による劣化でボロボロのカサカサになって粉をふいていました。昨夜も走っていたのか、道には新しいタイヤの痕ができていました。

 私が向かうと、すでに二人は待っていて楽しそうに、ゲラゲラ笑いながら話をしていました。二人の名は、たけしくんとたけしくん。学校ではw浅野のようにwたけしと呼ばれていました。たけしくんはすでに、膝を擦りむいていました。自転車でカーブをかっこよく曲がろうとして、曲がりきれなかったそうです。三人は、ガードレールに手を掛けて乗り越えました。ふいた粉で手が少し白く汚れました。

 道なき道を、恐る恐る進むとクヌギの木の樹液の匂いがしてきます。それを子供たちは、カブトムシの匂いと表現していました。さらに進むと、大きなクヌギの木を中心に、数本のクヌギの木が生えた場所に辿り着きました。クヌギの木には、誰かがノコギリで傷をつけており、そこから樹液が溢れ出てていました。
そこには、命を繋ぐために色々なムシ達が群がっていて、溢れ出る樹液は、何も抵抗できずに流すクヌギの木の涙のようでした。

 ムシの種類は、カナブン、カメムシ、ムカデ、スズメバチ、子供の手のひらサイズの蛾、お花畑ではお目にかからないような蛾みたいな蝶などバラバラで、それぞれ夢中で樹液を貪っていました。中でも厄介なのがスズメバチでした、スズメバチの毒は強く、刺されると場合によっては、命を落とすことも。子供達も、それは知っていました。

 その中には、お目当てのカブトムシのオスとメスが一匹ずつ混じっていました、カブトムシのオスはスズメバチと時たま小競り合いを起こしていました。ツノで払われたスズメバチは、一旦飛び立って、体勢を整えてから戻るという行為を何度も繰り返していました。その時の羽音は子供達にとっては、なんとも言えない恐怖でした。

 私たちは、身をかがめてスズメバチがいなくなるのを待ちました。しかし、どこからともなくもう一匹現れて、二匹になっていました。私たちは、ただ見つめる事しかできませんでした。

 どのくらいの時が経ったのだろうか。いまだクヌギの木に群がる虫たちの状況は変わらず、私たちは手を出す事が出来ずにいました。そして、相変わらずスズメバチは居座ってクヌギの樹液を貪っていました。ここで、痺れを切らしたたけしくんが、思い切った行動にでました。クヌギの木のスズメバチ目掛けて石を投げたのです。外れました。私とたけしくんは空いた口が塞がりませんでした。反撃されたらどうするつもりだ?!するとたけしくんは、さっきよりも大きい石を両手で持ち、「おりゃっ!ボケェっ!」と勢いをつけて虫たちに投げました。私とたけしくんは声が出ませんでした。たけしくんの眼は、怒りと復讐に燃え、白眼を剥いていました。それを見た残りの私たちは、スズメバチに対する憎悪が一気に膨れ上がりました。その時、セミが奏でる夏のBGMは、今はもはや戦国の世の戦さ場の怒号のように聞こえていました。

 漬物石ほどはある大きな石は、またしても外れました。石は地面にめり込んでいました。次に持ち上げられる事はないかもしれない、石にとっては一世一代の見せ場であったのに、石は外された...そんな雰囲気を石は醸し出していました。いや?よく見ると地面にめり込んだかに思われた石は、めり込んではおらず、持ちやすそうな角度で、もう一回俺を投げつけてくれ。そんな雰囲気を醸し出していました。なんか、少し宙に浮いてるような気がしました。というか浮いている...そんな雰囲気を醸し出して...いや、浮いてる。よくよく考えたら、小学生3年生が、持ち上げて投げつけるにはでかい。そして、心なしか光っている...石は不思議な力を宿した石でした。

 不思議な力が宿っているであろう、少し浮きながら光る石を無視して、たけしくんはさらにでかい石を探していました。彼にとっては不思議な力よりも、デカさが重要でした。しかし、普通の石は重たく、一人では持ち上げる事も、投げつける事もできません。そこでみんなで持ち上げて投げつける事にしました。不思議な石よりもデカい石を持ち上げてせーの!でスズメバチに向かって投げつけました。一瞬、ピラミッドもこうやってみんなで力を合わせて作ったんだろうかと頭を過りました。しかし、なかなかスズメバチに当たらず。逆にカブトムシに当たり、潰れてしまいました。クヌギの木に潰れて張りついたカブトムシのツノだけが、地面に落ちて真っ直ぐに立ちました。それは、誇り高きカブトムシの墓標のようでした。

 不思議な石は、投げつけて欲しいのか更に浮かび上がり、なんとなく私達の方に近寄ってきているようでした。そして、そんな雰囲気も醸し出していました。しかし私達三人は、皆が力を合わせて強敵に立ち向かう喜びと感動を知ってしまいました。石の力に頼るつもりはありませんでした。

 私達三人は、地面に三分の一ほど埋まっている、デカい石に目をつけました。Wたけしと私は力を合わせて持ち上げようとしました。でも、地面に埋まっていることもあり、びくともしません。私はまた、ピラミッドの石を運んだ人達の事を想像しました。そして、おそらくテコの原理を使えば、石は動く。私はそう考えました。そして、その考えをたけしくん達に伝えました。しかし、テコの原理を使うには太く長い棒が必要です。私達は必死で探しました。でも、なかなか落ちていません。疲れた私は、茫然と立ち尽くしました。すると、目の前にあの不思議な石が、フラフラと浮かんでいました。イラついた私は、不思議な石にローリングソバットをお見舞いしました。すると石は、勢いよく数本のクヌギの木の方へ飛んでいきました。すると一瞬閃光が走り、バキバキと木の倒れる音がしました。私達は急いでその方へ向かいました。すると、3本の木がちょうど、テコの原理で使えるほどの長さにカットされていました。これは、不思議な石の仕業だと思いました。どうやら石は、もうなんでもいいから私達の役に立ちたいようでした。形も投げやすいように丸くボウリングのボウルのように指を入れる穴のようなものが出来ていました。そして、私たちに気付かれないように光を放たなくなっていました。

 私は、根負けしました。その石を投げつける事にしました。そうする事によって、結果がどうあれ、私たちも石も納得できるのではと思いました。私は、石に近づきました。そして、穴に指を入れようと、手を伸ばしまし

 ・・・??こっ、これは!? なんと、私たちが石だと思っていたのは、巨大なスズメバチの巣だったのです。さっきローリングソバットをかました不思議な石が、スズメバチの巣を落としてしまっていたのです。穴からは、我れ先にとスズメバチが這い出てきました。私は振り返り、たけしくんとたけしくんに「逃げろ!!」
と叫びました。二人はスズメバチの羽音に気付いたのか、もうすでに走っていました。私は少しイラッとしました。私はその二人の背中を追うように走り出しました。

 どれだけの時間走ったのだろう。もう、すでにスズメバチ追って来てませんでした。でも、なぜか走り続けました。どこへ向かっているのかも分からず、不思議な石の事はすっかり忘れて。前を走る二人が、Tシャツの袖で頬の汗を拭いました。それを見た私も真似をしました。でも、私はタンクトップだったので、頬の汗を拭けませんでした。てか、タンクトップじゃなくランニングシャツって言うてたな…

#創作大賞2023
#ファンタジー小説部門

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