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あかちゃんメリー

ともだちの車に乗って、展覧会に行って来た。

昔は小さな町工場だったのだろうな、と一目で分かるような外観の、その2階にギャラリーがある。

鉄骨が剥き出しの内装は、本格的に改築した様子はなかった。重ねた年月には古臭さよりも、懐かしさの趣が勝っていて、展示されているものが、さらにそれを煽っていた。

既製品なのか作家が作ったものなのか、新しいのか古いのか... 一見しただけではわからないけれど、子供の欲しがりそうなものばかりで、そのどれもがカラフルで可愛らしい。

観客は、幼少から小学生までの女の子だらけで、大人の姿は無い。そこに緑がかった黒縁の丸眼鏡を掛けた、30代半ば位の洒落た黒いスーツを着た小柄な男性が、わたしに向かって近寄って来た。彼が異様に見えるように、客観的に見ればわたしもその空間に似つかわしいとは言い難い。わたしは、男性に身構えたけれど、ゆっくりとこちらに近づくにつれ、その男性の友好的な雰囲気に「この展覧会の作家なのだな」と、わたしの緊張もほどけた。

男性はわたしの目の前に立つと、左の手のひらに乗せた、ピンクの赤ちゃんメリーをセットしてスイッチを入れた。カラカラと回ると遠心力でヒラヒラと飾りが広がって、その中心に持ち主と、同じ出で立ちの人形が現れた。

手のひらサイズの男性が、自然な笑顔をこちらに向けて「キョウハキテクレテアリガトウ」と、タドタドしくわたしに話かけてきたので、本心から「とても良い展覧会でした」と告げて、湿り気のある月の無い静かな夜に、人影も高い建造物もない道をゆっくりと歩いて帰った。

帰りしなにある平屋建ての友人の家の窓から、綺麗な紫色の光がこぼれている。その家主の彼女が、両手をポケットに突っ込んだまま、笑顔でゆっくりと近づいて来た。「なんだか 穏やかな夜だな」と、わたしの顔もほころぶ。けれど、車に乗せてくれた「ともだち」も、「友」と呼んだはずの彼女にも、お洒落なスーツの男性にも、ギャラリーにいたはずの子供達にも、まだ会った事がない。

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