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みるちから

ここ数年、美術館でも写真を自由に取って良い所が俄然増えた。SNSでどんどん美術館の宣伝をして来館者が増える事は、美術館側や作者にしてみれば、喜ばしい事... なのだろうか?

15年程前、友人がソロコンサートを行った際に、「どんどん写真や動画を撮って、宣伝してください」と、舞台上から言った時「おぉっ!すごいなぁ さすがだなぁ」と関心した覚えがある。当時はむしろ「演者を撮らないでください」と、携帯を掲げた人を制止しなければいけなかった。わたし自身、注意を促す側のバイトをしていた事もある。

それが、今ではバシャバシャと撮るのが普通の様になってしまった。なので、撮ってはいけない場所でも撮ってしまう人は、制止されると謝るどころか、怪訝そうな顔をする。そういう場面もまた、日常になっている。そんなことは、誰しもがわかっている事と思うけれど、昨日今日と続けて美術館へ行き、携帯のシャッター音や、絵画に携帯を近づけている大勢の人のさまに、やはり疲れてしまうのだった。

携帯電話の性能、特にカメラは素晴らしいと思う。記録に取っておくのも簡単だ。わたしも重いカメラを持たずに、携帯電話に頼ることは多い。それでもわたしは、素晴らしい作品ならばなおさらに撮る気にはならない。観たものを「心に留める」事よりも先に、肉眼でしか感じられない「大切な何かを見落としてしまう」、そんな気がするからだ。

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