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桃山御陵のふたり

国道24号線からJR 奈良線の踏み切りを渡り、
しばらく流すと「桃山御陵」の外苑へと道は繋がり、
そのまま外環状線まで続いてゆく御陵の広大な敷地に
今更ながら感心する。

去年、東京からやってきた連れのたっての願いで、
明治天皇と細君であらせられた昭憲皇太后の御陵に訪れた。
京都に住みながら、まだまだ行ったことのない名所や寺社仏閣は
多々あれど、桃山御陵に行き着くとは全く予想だにしていなかった。

聞くと、明治天皇ではなく、
皇太后の墓前でどうしても手を合わせたいという。
それには深い理由(わけ)があった。

数年前、大病を患い、術後はじめて口にしたのは、
看護士が用意してくれた一片の氷。
干からびた唇を潤す冷たい感触に、人間に戻れたんだという
無上の喜びがあったという。
その時、京都出身の彼は京都でもう一度ラーメンを、
そして命を救ってくれた慈恵医大、その発展に大きく寄与なされた
昭憲皇太后の墓前でどうしても手を合わせたくなったのだという。

そろそろ息が上がり始めそうな砂利道を登り終えると社務所があり、
そこを抜けると広大な明治天皇御陵が目の前に広がる。
秀吉が築いた伏見城本丸跡に、一辺60メートルの上円下方墳が鎮座し、
荘厳で神々しい雰囲気に二人とも言葉を失った。

心が静けさに耽(ふ)けるという不思議な感覚のまま、
二人して御陵の鳥居に向け手を合わせた。
そのまま反対側を振り返ると、石の階段が麓まで続き、
それ越しに伏見の街並みが小山の上から一望できる様になっている。
喧(かまびす)しい蝉時雨を背に、
しばらく時間が止まったようにその眺望に見とれていた。

天皇陵から少し下りたところに、いよいよ連れの目的地、
昭憲皇太后の御陵、伏見桃山東稜が佇んでいる。
様式は明治天皇のそれを採り、見た目はほぼ同じだが、
少々こじんまりしているように感じる。

連れは何も言わず鳥居の真ん中辺りにゆっくり向かい、
立ち止まって手を合わせ始めた。
厳粛で水を打ったような静けさに刻(とき)はとまり、
そこには連れだけの聖域が存在する様に思えた。

痩せ細ったその背中が少し震えているように見えたのは
気のせいだろうか。
振り返った連れはにっこりと笑い、
「ラーメン、いこか」と一言言った。

【セアブラノ神 和牛ホソつけ麺】

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