見出し画像

賀喜遥香の「強がる蕾」(乃木坂46・バースデーライブの“全曲披露”を振り返る)

 乃木坂46の「11th YEAR  BIRTHDAY LIVE」が間近に迫っている。今回のバースデーライブは、横浜アリーナを会場として5DAYSで開催され、DAY1は全体ライブ、DAY2〜DAY4が5期生・4期生・3期生のライブ、そしてDAY5は秋元真夏の卒業コンサートとなっている。
 かつてバースデーライブのコンセプトに定められていた“全曲披露”。文字通り、その時点での持ち曲全曲を披露する、というものだ。しかし曲数がちょうど200曲を数えた、2020年の「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」が現状では最後となっており、3年の月日を経て、やや遠い記憶になりつつある。現在の曲数は「僕たちのサヨナラ」までで257曲となり、もう物理的に実現不可能に近い状態であろう。
 (こうした状況をふまえて、本稿では「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」について“最後の全曲披露”という表現を用いるが、これは今後“全曲披露”が行われる可能性がない、またはそれを否定したいと考えている、ということを意味しないことをお含みいただきたい。)

 筆者は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」に、4DAYSすべて会場で参戦することができた。ナゴヤドームという大規模な会場であったとはいえ、4DAYSすべてのチケットを得ることは難しく、一般発売まで粘って薄氷を踏む思いで手に入れた、という感覚がある。
 時はまさに日本がコロナ禍に突入するまさに直前といったところで、全日立ち会えたということに、コロナ前の「そんな時代もあった」的な懐かしさもあいまって、筆者はこのときのライブに強い執着がある。
 バースデーライブの開催にかこつけて、今回はこの「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」と、“全曲披露”について書きたいと思う。

 ……という書き方をすると、少し迂遠かもしれない。
 DAY4で賀喜遥香がソロ歌唱した、「強がる蕾」の話がしたいのだ。

 (以下、全体として著名な話ばかりだと思うので、いまさらあえて筆者が書く意味もないだろうという思いもあるのだが、気持ちを抑えきれなかったので、勢いでキーを叩いている。)


■ あの日までの背景

 賀喜遥香による「強がる蕾」は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」のハイライトシーンのひとつであった、ということについては争いのない事実であろう。Blu-ray/DVDの特典映像予告編においてその歌唱が全編用いられていることはその証左だ。
 いま改めて映像で見ても、ひとりでステージに立つ賀喜の姿は胸を打つが、あの日の高揚感というか、緊張感というかは、半端なものではなかった。

 近年はコンスタントに制作されているといえる状況である、いわゆる“卒業ソロ曲”。その1曲目が、深川麻衣の「強がる蕾」であった。
 その後、この2020年2月の時点では、橋本奈々未の「ないものねだり」、中元日芽香の「自分のこと」、桜井玲香の「時々 思い出してください」、西野七瀬の「つづく」、衛藤美彩の「もし君がいなければ」がそこに続いて制作されていた、という状況である。
 (その後制作された“卒業ソロ曲”は、白石麻衣の「じゃあね。」、堀未央奈の「冷たい水の中」、松村沙友理の「さ〜ゆ〜Ready?」、高山一実の「私の色」、生田絵梨花の「歳月の轍」、新内眞衣の「あなたからの卒業」、北野日奈子の「忘れないといいな」、齋藤飛鳥の「これから」である。あのとき以降に制作された曲数のほうが多くなっていることにも、いずれも卒業コンサートまたはそれに類するライブでの披露が最初で最後[※堀の「冷たい水の中」はシングルの配信ミニライブでも披露、飛鳥の「これから」は未披露]となっていることにも、わかってはいたことだが、改めて驚きがある。)

 卒業を控えたメンバー個人にあてがわれるというその性質から、「卒業ソロ曲」は当該メンバーの卒業コンサートくらいでしか歌唱される機会がなく(さらに近年は全国握手会のミニライブも配信での1公演となり、さらに時期が後ろにずれることが多いため、「卒業ソロ曲」はそのセットリストにすら入らないケースが多い)、それきりライブで演じられる機会がない、というものがほとんどである。
 しかし、そうした楽曲についても「乃木坂46の曲」に列し、演じられる機会をつくってきたのが“全曲披露”時代のバースデーライブだった。

 当時はちょうど国内でも新型コロナウイルスの流行の兆しがみられていたタイミングであり、ライブ開催の前日であった2月20日には、ライブなどの大規模イベントについて、政府より(「現時点で政府として一律の自粛要請を行うものではありません。」としながらも)「感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討していただくようお願いします。」というメッセージが出されていたような状況であった。
 これを受けて会場には消毒液が設置されていたが、現在のよくみられるようなディスペンサーではなく、長机にポンプ式のものがいくつかおざなりに置かれた程度であったと記憶する。マスクの着用も強烈に推進される前であり、入場にあたって義務づけられるということもなく、着用率は半分くらいだったという感覚がある。当然ながら(?)、コール(大声による声援)もまだあった。

 一部では開催を危ぶむような声もあったものの、その2月20日には、公式Twitterによる投稿の形で、バースデーライブが“全曲披露”となることが宣言される。前年同様の4DAYS開催ということで、予想通りという感もあったが、改めて宣言されると気持ちが高まった。

 それだけ特別だった“全曲披露”。結果として翌日から4日間をかけてそれは完遂されたが、2月26日には政府からの発信が「今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請する」と表現を強められ、この日から実質的に、当分の間ライブの開催はできなくなった。そうした外部の状況も含め、なんとか“最後の全曲披露”は成された、という形で、筆者は当時の思い出を心にとどめている。
 あまりにも特別だったライブ、その最終日。
 賀喜遥香が「強がる蕾」を演じたのは、その日だった。

■オリジナルメンバーと“卒業ソロ曲”の重み

 「原則デビュー日近傍に行う」「“全曲披露”をする」、というコンセプトが前面に出てよく語られるバースデーライブであるが、もうひとつ重要なコンセプトとして、「全曲、オリジナルメンバーによる披露が原則」というものがある。
 これは、ツアーやアンダーライブで行われるような、ユニットシャッフルや別メンバーによるカバーのような形はとらず、オリジナルメンバーに準拠し、全員での披露や卒業メンバーのポジションに別メンバーが入るなどのケースをつくる程度にとどめながら各楽曲を披露する、というものだ。

 もちろん、特に後半期になると全曲をこのコンセプトで貫いているということでもないが、原則としてそれが存在するからこそ、別メンバーで演じられたシーンにも特別な意味が付与される。
 まだ持ち曲のない状態であった新メンバー時代、3期生は「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」で、4期生(11人)は「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」でそれぞれワンブロックがあてがわれ、自己紹介のコーナーが設けられたほか、それぞれの期だけのパフォーマンスが行われている。3期生・4期生が共通で演じた「ハルジオンが咲く頃」や、3期生の「羽根の記憶」などは、活動初期の思い出の曲として、ファンのみならずメンバーも強く記憶しているようだ。
 橋本奈々未の卒業コンサートでもあった「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1では、齋藤飛鳥・星野みなみ・堀未央奈によるユニット曲「Threefold choice」が白石麻衣・橋本奈々未・松村沙友理の“御三家”によって演じられる場面があった(同曲はDAY2でオリジナルの3人も披露)。
 伊藤万理華と井上小百合によるユニット曲「行くあてのない僕たち」は、万理華がグループを卒業し、井上が在籍中であった7th・8thでは、それぞれ向井葉月と岩本蓮加・北野日奈子と堀未央奈によって演じられている。披露メンバーがそれぞれコンビ感のあるふたりであったことはもちろんだが、「井上は万理華以外と『行くあてのない僕たち』を演じなかった」、という面でも強く印象に残っている。

 あるいは、これはバースデーライブのみに限った現象ということでもないように思うが、「卒業メンバーのポジションに誰が入るか」についても、かなり注目の対象となっていた。
 深川麻衣の卒業直後に開催された「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」においては、「ハルジオンが咲く頃」のセンターを深川との紐帯が強かった川後陽菜が務めたことが話題をさらった。平時のポジションの力学ではあまり考えにくいような(特に当時はまだ卒業メンバーが少なかったので)抜擢であったが、そうしたメンバーどうしの関係も、ポジションに意味を付与することになる。このときは、アリーナ黄色・スタンド白のペンライトで、客席が“ハルジオンの花”をつくる、ということが発生した日でもあり、グループのひとつのハイライトシーンとして記憶されている。
 中元日芽香が体調不良のため休業に入り、欠席となっていた「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」では、中元のセンター曲である「君は僕と会わない方がよかったのかな」と「不等号」のセンターを、齋藤飛鳥と堀未央奈がそれぞれ務めた(「嫉妬の権利」はダブルセンターの堀がひとりで立った形)。体調不良でシングル単位で活動を休止したメンバーは中元がグループ初で、ファンもややナイーブになっていた感があったなか、関係性のあるメンバーが中元が守ってきたセンターポジションに立ったことは注目の対象となった。飛鳥も堀も、当該曲のオリジナルメンバーではない。「君は僕と会わない方がよかったのかな」は2017年の東京ドーム公演で演じられた機会に飛鳥(堀も)が参加しているが、両名がその後当該の曲を披露した機会は、それだけだったように思う(ちゃんと確認していないが)。

 デビュー記念日を祝う場であるとともに、ツアーなどの平時のライブでは披露されることの少ない曲も、必ず披露されることになる“全曲披露”というコンセプトもあいまって、バースデーライブにおける楽曲の披露メンバーは、このように特別な意味をもつし、またいつしか、客席もそこに注目するようになっていった。

■全曲披露と“卒業ソロ曲”

 平時以上に「オリジナルメンバー」へのまなざしが強まるバースデーライブだが、その構造上、卒業ソロ曲が演じられる場合は、基本的に“オリジナルメンバー0人”の状態になってしまうということだ。
 卒業コンサート扱いであった「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1の橋本奈々未の「ないものねだり」、「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY4の西野七瀬の「つづく」以外は、他メンバーによる披露に委ねられる、という形となった。

 「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」においては、「強がる蕾」でメンバーが総登場し、全編ユニゾンの形で届けられている(映像から確かに確認はできないのだが、直前にソロ曲を歌唱している西野七瀬以外が全員参加の形だったようである)。
 「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」においては、その「強がる蕾」を、新加入の3期生が全員で歌唱している。前年の1・2期生による披露に重なる形であり、かつ3期生は「ハルジオンが咲く頃」も披露したこともあって、卒業メンバーがグループに残したものが新メンバーに受け継がれていくさまがステージから見てとれた。

 “全曲披露”の形ではなかった「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」を経て、「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」では、卒業生のソロ曲(この時点での“卒業ソロ曲”であった「強がる蕾」「ないものねだり」「自分のこと」に加え、生駒里奈のソロ曲である「水玉模様」)は4期生11人が担う、という形がとられた。
 また、このときDAY4に卒業コンサートを行った西野七瀬は、前年いっぱいでグループとしての活動を終了しており、DAY4のみの出演とされていたものの、DAY1からDAY3にもサプライズ登場して自らのソロ曲を歌唱している。連日のサプライズ登場はライブを大いに盛り上げたが、“ソロ曲の女王”と呼ばれた西野のグループ卒業は、メンバーの卒業が相次ぐなかで“全曲披露”へのハードルが上がっていくことを実感させる部分もあった。

■199曲を指折り数えて

 そして翌年の「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」。当時のグループの持ち曲は199曲とされており(DAY4に「しあわせの保護色」が初解禁・初披露され、最終的な披露曲数は200曲)、なおかつ以前は定番となっていたリリース順を原則としたセットリストではなかったため、一曲一曲を新鮮な驚きをもって見届けていくことになった。
 一方で、前年の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」においては、全体としてはリリース順を原則としてDAY3までのセットリストが組まれていたが、DAY4の西野七瀬卒業コンサートのセットリストに含まれた曲はそこから間引かれていたような形であった。このため、4日間開催で177曲というボリューム感もあいまって、多くのファンは毎日全曲の一覧とにらめっこして、その日演じられなかった楽曲からDAY4のセットリストを観測していたような感じだったように思う。筆者もそのうちのひとりだった。
 セットリストの構成に加えてこうした背景もあり、「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」に毎日足を運ぶなかで、“まだ演じられていない曲”への感覚が特に鋭敏になっていたように思う。

 そのなかで、ソロ曲、特に“卒業ソロ曲”は、ちょっと“焦らされた”とでも言おうか、そんな感覚があった。
 DAY1では、このときのバースデーライブはこの日だけの参加であった生田絵梨花のメドレーコーナーの存在感が強く、DAY2においては桜井玲香の「時々 思い出してください」が1期生メンバー6人によって歌唱されたのみであった。DAY3には西野七瀬のソロ曲メドレーのコーナーが設けられ、西野との紐帯の強い高山一実・伊藤純奈・与田祐希が計6曲を担って披露した形がとられた。

 そして、ナゴヤドームまでの道順もいい加減覚えてしまったようなDAY4。全日共通のフォーマットであった、冒頭の全員ブロックとMC、そして期別に1曲ずつを披露するブロックを経て、ついにやってきたのが“卒業ソロ曲メドレー”とでもいおうかというそのブロックであった。

 「強がる蕾」「ないものねだり」「自分のこと」「もし君がいなければ」が未披露で残っていたということはもちろんわかっていた。歌唱メンバーとして誰が出てくるのか。歌声に耳を傾けながら、客席(幸運なことに、モバイル1次先行のスタンド席であった)で待ち構えていた。

■バースデーライブと“納得感”

 ここで少し話を遠回りさせるのだが、セットリスト全体の構成以外にも、7th→8thのバースデーライブにおいて、つくりに変化がつけられていたと感じる点がある。
 先にも述べた、「卒業メンバーのポジションに誰が入るか」という点である。

 前年の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」については、ライブとしては高いレベルでまとまっていたものの、ごく一部ではあるが、ファンの思いの部分と少しギャップがあったものとして語られることもあった。

 卒業メンバーのポジションの話でいえば、選抜メンバー楽曲での卒業メンバーのポジションが積極的に3期生で埋められたのみでなく、ユニット曲についても、サンクエトワールの「大人への近道」の中元日芽香ポジションを、中元との紐帯の強い久保史緒里が、女子校カルテットの「口約束」「人生を考えたくなる」の若月佑美ポジションを、女子校出身である佐藤楓が、真夏さんリスペクト軍団の「二度目のキスから」の相楽伊織ポジションを、秋元真夏への“リスペクト”を表明していた吉田綾乃クリスティーが務めるなど、少し安直にも見えるくらいに3期生を入れた編成で披露されていた。
 このほかにも、「急斜面」の橋本奈々未ポジションは梅澤美波が、「環状六号線」の生駒里奈・伊藤万理華ポジションは伊藤理々杏・向井葉月が、「他の星から」の伊藤万理華・若月佑美ポジションは与田祐希・山下美月が、「Rewindあの日」の若月佑美ポジションは山下美月が務め、「太陽ノック」のセンター(生駒ポジション)を「真夏の全国ツアー2018」に引き続いて大園桃子が、「君は僕と会わない方がよかったのかな」と「不等号」のセンター(中元ポジション)を久保史緒里が務めたことも印象深い。

 こうした部分は、3期生にとっては相当なプレッシャーであったと後年において語られているところでもある。3期生の現在に至るまでの活躍を考えれば、これらの出来事が彼女らを成長させた部分があることは疑いないし、次の32ndシングルからは3・4・5期生の体制となる(そして3期生はまだ12人中11人が現役である)ことも考えれば、それは明らかに必要な過程であった。
 しかし、3-5人程度のユニット、特に「軍団」のような形で名前がつけられているものについて、そのうちの1人程度の空きに3期生を投入することは、当時はややいびつな印象を受けるファンがいたということも理解できはする。

 これを受けて、ということでもないのかもしれないが、「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」に関しては、よりいっそう、ファンの“納得感”を重視した人選がなされている、と感じた部分がいくつもあった。
 「軍団」の曲でいうと、さゆりんご軍団の「さゆりんご募集中」(DAY2)と「白米様」(DAY3)はオリジナルメンバーの松村沙友理・寺田蘭世と、「研究生」として軍団に合流した中田花奈によって披露。グループ在籍中だったがライブには欠席であった佐々木琴子も、「白米様」でアーティスト写真がモニターに映し出されるという形で出演した。
 真夏さんリスペクト軍団の「2度目のキスから」(DAY1)は、オリジナルメンバーの秋元真夏・鈴木絢音・渡辺みり愛で披露された。若様軍団の「失恋お掃除人」(DAY2)は、前年同様に堀未央奈を加えた「堀様軍団」として披露されているが、これは「乃木坂工事中」で堀が“2代目箸くん”とされたことを受けたもので、これはこれで筋が通っている。

 また、サンクエトワールの「大人への近道」「君に贈る花がない」(いずれもDAY3)は、オリジナルメンバーの北野日奈子・寺田蘭世・堀未央奈・中田花奈で披露。女子校カルテットの「告白の順番」(DAY1)と「口約束」(DAY2)、「人生を考えたくなる」(DAY2)も、オリジナルメンバーの秋元真夏・中田花奈で披露。「意外BREAK」(DAY3)も、衛藤美彩のポジションは埋めず、オリジナルメンバーの白石麻衣・高山一実・松村沙友理による披露であった。
 生田絵梨花の参加ユニットについては、DAY1のメドレーで一気に披露された形であったが、このなかで披露された「ぼっち党」は久保史緒里とふたり、「ここじゃないどこか」「満月が消えた」は星野みなみとふたりの形であり、これもオリジナルメンバーのみによる披露だったということになる。

 卒業メンバーのポジションを埋めて披露された曲もあったが、「急斜面」(DAY2)は、この日欠席の白石麻衣のポジションに新内眞衣を、橋本奈々未のポジションには高山一実が入って披露されており、前年の橋本ポジションに梅澤、という形からは変化がつけられていた。なお、橋本ポジションに高山、という形は、「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」での際と同様の形である。「当たり障りのない話」(DAY2)は生駒里奈のポジションに北野日奈子が入って披露されたが、これは前年と同じ形であった。

 ただ、このように書いていくと、後輩メンバーの出番が少なかったような感じになってしまうが、そうした印象もあまりなかったように思う。
 当時はシングルでいえば24thシングルの時期で、表題曲のフロントを新加入の遠藤さくら・賀喜遥香・筒井あやめが務めていたが、この3人で「Rewindあの日」(DAY1)が披露されている。DAY1の1曲目が「夜明けまで強がらなくてもいい」であったことは、時系列順の披露ではないセットリストであることを冒頭で提示するとともに、4期生も前線に出てくる新たな展開を実感させるもので、DAY3の本編終盤で「帰り道は遠回りしたくなる」のセンターに、目にいっぱいの涙をためながら立った遠藤のたたずまいも印象深かった。
 24thシングルのアンダーセンターは岩本蓮加であったが、「〜Do my best〜じゃ意味はない」(DAY2)のみでなく、「狼に口笛を」(DAY2)や「不等号」(DAY3)でもセンターに立ったほか、「夜明けまで強がらなくてもいい」「不眠症」「バレッタ」(いずれもDAY1)では選抜扱いのポジションに入るなど、自由自在の活躍であったという印象が残っている。
 このほかにも、「無口なライオン」(DAY3)が3・4期生による披露であったり、ユニット曲でも「他の星から」(DAY2)や「醜い私」(DAY3)、「あらかじめ語られるロマンス」(DAY4)など、3・4期生を大幅に抜擢した印象のある曲もあったりと、とにかく全体としてバランスがよかった印象だった。

 遠回りが長くなったが、とにかく「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」のセットリストは、楽曲の参加メンバーという意味ではかなりバランスよくつくられている、“納得感”のあるものだった、と思っているし、その印象は、当日現地にいたときにすでにあった。
 ある意味安心して見ていられたし、パフォーマンスや演出もスッと入ってくる。そんな下地がありつつ、楽曲の披露順についてはブラックボックスで、そこにドキドキ感もあった感じだっただろうか。

■切りつくした切り札、その先に

 「続いての曲は、卒業生の卒業ソングメドレーです。」4期生による「キスの手裏剣」が終わり、遠藤さくらのそのかけ声で“卒業ソロ曲メドレー”が始まる。

 ムーディーなイントロが流れ、会場がどよめく。1曲目は橋本奈々未の「ないものねだり」。白いドレスに身を包んでステージに表れたのは、白石麻衣と松村沙友理。同級生の橋本ともに、“御三家”としてグループを牽引した歴史については、いまさら語るまでもない。
 客席が緑一色に染まる。どこか遠くを見ているような、柔らかくもシリアスな表情で歌い上げると、表情を崩して笑顔になった。チャーミングな笑顔で、「7(なな)」「3(み)」のハンドサインが送られる。
 卒業とともに芸能界を離れた橋本については、メンバーは表舞台で名前を出すこともややはばかられるような、そんな様子を見受けることも多かったが、バースデーライブという機会をとらえて、改めてその存在を感じる瞬間をつくってくれたような、そんなシーンであった。

 2曲目は、中元日芽香の「自分のこと」。“額縁衣装”に身を包み、髪型をハーフツインにした北野日奈子と寺田蘭世が歩み出してくる。
 北野と寺田は、中元とともにアンダーライブで奮闘した時期が長く、初のアンダーメンバーによるユニットとされるサンクエトワールでもともに活動した、絆の深いふたりであった。プライベートでも親交があるといい、2期生で後輩にあたるが、「ひめ」「おひめ」と呼んでもいる。
 「自分のこと」は中元本人による披露が一度もない曲でもある。健康上の問題を口にして卒業していった中元のこと、特に卒業に関して記憶を手繰ると、どうしても切なさに突き当たってしまう。穏やかな笑顔で歌唱していたはずの北野と寺田だが、どうしても感情がこみ上げてきて、涙がこぼれないように繰り返し耐えているようにも見えた。

今でもみなみちゃんと3人でよく会うのに、会えなくなったわけではないのに
どうしても彼女のことを思うと
涙が出てきますね

(2020年2月23日深夜 北野日奈子755)

彼女の歌であり
私のことを歌っているようで
それが私と彼女とで重なる部分が多すぎて
また思いが溢れてしまいます

(北野日奈子オフィシャルブログ 2020月2月27日「Confront」)

 客席はあっという間にピンク一色に染まり、ペンライトがそよ風に吹かれるように揺れる。中元の卒業から、このときで2年以上が経過していた。それでも、その風景はずっと変わらず、むしろ色濃くなっていたように思う。あの日あの時、中元日芽香は、確かに“そこにいた”。

 3曲目は衛藤美彩の「もし君がいなければ」。衛藤の卒業ソロコンサートからはまだ1年が経過していないという状況であり、ライブでの披露は衛藤の卒業以来初めてであった。
 登場したのは、2018年上演の舞台「三人姉妹」に衛藤とともに出演した、伊藤純奈と久保史緒里。身を包んでいたのは、2016年の「Merry Xmas Show」のタイミングで制作された、白地にピンクのバラの柄、そしてグリーンのベルトが印象的な衣装であった。
 純奈と久保は歌唱力に定評のあるメンバーである。このときのバースデーライブでも、DAY1の「雲になればいい」を生田とともに歌唱していた(オリジナルメンバーは生田と衛藤、および桜井玲香)。歌唱力が高い評価を受けていたのは衛藤も同じで、自主的にボイストレーニングに通ってまで研鑽を積んだエピソードも著名だ。
 スタンドマイクを用いて滑り出したパフォーマンス。ペンライトは全面赤色に変わる。歌割りだけでなく、パートを上下に分けたりもしながら、伸びやかな歌唱が続いていった。スタンドからマイクを手に取って、センターステージまで歩みを進める。「君のこと 絶対に忘れない」。純奈が最後にそう力強く歌い上げた。

 バトンを渡していくように、ステージを順繰りに歩いていくように展開したメドレー。最後の1曲に「強がる蕾」が残っていることは、ステージを見守りながらしっかりわかっていた。ピアノ調の優しいイントロが会場を包む。
 純奈と久保に迎えられるように、センターステージにたったひとりで現れたのが、賀喜遥香その人であった。

 ここまでは、これでもか、というくらい“納得感”をぶつけてくる、波状攻撃のようなメドレーだった。1曲1曲を見ていくと、いまでもなお、この人選しかなかった、と思わされてしまう。
 また、DAY3の“西野七瀬メドレー”の、高山一実・伊藤純奈・与田祐希という人選も、すぐに思い浮かぶ紐帯の強いメンバー3人、しかも各期からひとりずつの形、という“納得感”の強いものであった。

 1枚1枚、切りつくしてきた切り札。
 もう手札はなかった……みたいに言ってしまうと他のメンバーにだいぶ失礼になってしまうが、でも、どのメンバーが出てきても、ここまでの楽曲のように「これこれ!」と首肯するような、そんなハマり方はしていなかったと思う。

 しかもここまで、“卒業ソロ曲”をひとりで担った、という場面はなかった。
 DAY3の西野七瀬メドレーも、「ごめんね ずっと…」を与田が、「釣り堀」を純奈が、「光合成希望」を高山が歌唱する、という形でスタートしたが、全体としては「西野のソロ曲を3人で担った」という印象が強く、“卒業ソロ曲”にあたる「つづく」(および「ひとりよがり」と「もう少しの夢」)は3人で歌唱している。
 桜井玲香の「時々 思い出してください」は、DAY2で1期生6人で歌唱されていた、というのは前述した通りである。
 またこのときに限らず、“卒業ソロ曲”を本人以外のメンバーがひとりで歌唱したのは、歴代で2018年8月5日の「真夏の全国ツアー2018」大阪・ヤンマースタジアム長居公演2日目に、ジコチュープロデュース企画として井上小百合が「自分のこと」を披露した一度のみであった(その後、2020年12月6日の「4期生ライブ2020」と、2022年の「30thSGアンダーライブ」2公演で、同じく「自分のこと」を林瑠奈が歌唱している。また、「30thSGアンダーライブ」では、北川悠理が「じゃあね。」を歌唱してもいる[1公演])。

■「思い出に負けないように/顔を上げて微笑みながら」

 これ以上ないくらいの舞台、これ以上ないくらいの流れで、バトンを受け取った賀喜。5万人を収めたナゴヤドームのセンターステージでのソロ歌唱。
 異常なプレッシャーであったと思う。前稿では2019年の4期生ライブについて「遠藤が折れたらこのライブは終わり、というような勢いを感じた」みたいなことを書いたが、このときは本当に「賀喜が折れたらこのライブは終わり」みたいな状況だったと思う。

 階段を駆け上がるようにセンターステージに上がった賀喜。すれ違う純奈と久保が肩に手を触れて励ますと、歯を見せて笑顔を見せた。
 身を包んでいたのは、いわゆる“天女衣装”で、2017年の「いつかできるから今日できる」の時期に音楽番組用に制作されたもの。賀喜もそれまで着用する機会はなかったのではないかと思うし、深川ももちろん着用していない。でも、乃木坂46という、流れ続ける大きな河が、数年の時間を経てふたりをつないだ。
 グループが坂を上り続ける限り、衣装は受け継がれ、楽曲は残る。

 「通い慣れたホームに春風が吹き」。歌唱を始めるが、緊張からか涙がこみ上げてきてしまう。客席のペンライトが緑一色に変わっていく。歌唱が途切れたときに顔を背けた動きが、まるでペンライトの光のまばゆさにあてられたからのように見えた。
 客席は「頑張れ」の大合唱。アイドルのライブでは定番であり、定型の発声であるといってもよいが、それだけに声は揃うし、感情も乗る。コロナ禍の前、乃木坂46が経験した最後の「頑張れ」でもあっただろうか。

 声を震わせながらAメロの後半を歌いきり、Bメロを歌っているうちに、少しずつ落ち着きを取り戻してきただろうか。右耳のイヤモニをおさえて懸命に歌い続けるうち、声にも伸びやかさが戻ってきた。
 サビまでを歌い上げると、いくぶんほっとしたか、笑顔がこぼれた。やっぱり賀喜遥香には笑っていてほしい。間奏中、これ以上ないくらいの客席の風景を愛おしそうな目で眺めて、せり上がったステージに腰かけた。回転するステージが華奢な身体を運んでいく。

 ラスサビの歌唱が始まる。「思い出に負けないように顔を上げて微笑みながら一人で決めたことを今踏み出そう」。身体を左右に揺らしながら、ひとり笑顔で歌う賀喜の姿が、ひとりで電車に腰かけて未来へ走って行く、歌詞が描いた主人公のさまに重なった。
 歌唱を終えて、賀喜は深々と頭を下げる。涙はもうどこにもない。もう一度ぺこりと小さくお辞儀をしたら、会場が暗転した。

(終演直後にこのようなツイートをしていました)
(このときの温度感のままでずっとやっています)

■新たな世代へのパラダイムシフト

 涙で歌唱が途絶えた部分も含めて、結果としてこれ以上ない形でパフォーマンスは終えられたと思う。
 憧れた大きなグループに入って、大きすぎるような舞台に立ってスポットライトを当てられ、涙をこぼして震えながら歩き出していく。でも、いつしかそれも過去のことのようになり、ステージ上でのびやかな笑顔で輝くようになる。
 3分強のパフォーマンスのなかに、“アイドル”の歩みが凝縮されているようだった。
 しかも、前述のように“納得感”を塗り固めたその先の1曲、そのために選曲されたのは最初の“卒業ソロ曲”である「強がる蕾」、というのは、グループのこれからを賀喜をはじめとする後輩メンバーたちがしっかりと担っていく、ということを強く印象づけるものだった。

 直後にリリースされる25thシングルにおいて、賀喜は4期生曲「I see…」でセンターのポジションに立つことになる。「I see…」は思わぬ形でマスにリーチすることにもなり、それはコロナ禍が進展していき活動が停滞していくなかでの明るいニュースとなった。
 この「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY4でお披露目となった、いわゆる「新4期生」の5人が合流したのちには、「I see…」で4期生は単独で音楽番組にも出演していくことになる。
 そして、賀喜は28thシングル「君に叱られた」で表題曲のセンターともなる。彼女の笑顔がグループを牽引していった、と称しても、決して大げさではないだろう。
 30thシングル「好きというのはロックだぜ!」では2回目の表題曲センターとなり、「真夏の全国ツアー2022」では座長のポジションで公演を引っ張っていく形となった。グループとして3年ぶりの“聖地”明治神宮野球場公演では、“乃木坂46”から受け取った愛と、そこから生まれた愛をすべて吐き出すようなエモーショナルなスピーチをして、メンバーと客席の涙を誘った。
 そして彼女はいま、押しも押されもしない、乃木坂46のフロントラインを走り続けているメンバーとなっている。

 --

 いわゆるコロナ禍については、たくさんの“if”が生まれてしまうような期間でもあった。東京ドーム・3DAYSという規模で予定されていた白石麻衣の卒業コンサートは、数ヶ月の延期を経て無観客・配信形式のライブに代替されることになる。井上小百合については、グループ卒業に際してのイベントは特に設けられなかったという状況でもあった。
 配信シングル「世界中の隣人よ」「Route 246」のリリースもあったとはいえ、2020年はCDシングルのリリースは「しあわせの保護色」のみにとどまった。翌年1月には26thシングル「僕は僕を好きになる」がリリースされ、山下美月が新センターとなったが、2020年にあと1枚か2枚シングルが出て、“選抜メンバー”が定められていたならば、どのような展開があったのだろうか。
 コロナ禍以降に卒業を発表したメンバーのなかで、堀未央奈や北野日奈子は25歳という年齢が卒業に際してのひとつの目安となったと口にしていた。コロナ禍によって活動期間が実質的に数ヶ月短くなったような形になるが、この間に通常通り活動が行われていれば、また別の展開があったのかもしれない、とも思う。
 2021年の「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」は、コロナ禍の状況をふまえて無観客・配信形式の5DAYSで予定されていたが、さらに緊急事態宣言の発出という状況も重なり、2月には前夜祭+全体ライブの2公演の開催にとどめられ、各期による期別ライブが3月と5月に分散開催されるという形になった。当初の「無観客・配信形式の5DAYS」の内訳がどのようなものとして予定されていたのかは明かされておらず、筆者はどうしても、期別ライブではなくて“全曲披露”にトライしようとしていたのではないか、という妄想にとらわれてしまうことがいまでもある。

 ただ、どうしてもそうしたマイナス方向の“if”にばかり目が行ってしまいがちだが、そのなかで「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」がギリギリ全日完遂できたということは、数少ないプラス方向の“if”であるともいえるだろうか。
 あと2日タイミングがずれていたら、“最後の全曲披露”が成ることもなければ、賀喜遥香によるあの「強がる蕾」も、演じられることはなかったのである。

 しかし、そうしたコロナ禍のなかで加入してきた5期生のうち、井上和は自粛期間にあって乃木坂46に励まされたことが加入のきっかけになった、とも語っている。配信ライブの形が定着したことで、ライブと出会いやすくなった部分もあるかもしれない。
 過去のすべてはここまで続く一本道である。当たり前のようにコロナ禍を過ごしてきたから見えにくくなっているだけで、たくさんの分かれ道を経てたどりついたのが現在であるから、コロナ禍がもたらした、といえるようなものもきっとたくさんあるのだろう。

 --

 またしても、話がややそれてしまった。目前に控えた「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」も“全曲披露”の形ではないから、卒業メンバーのソロ曲がセットリストに入るのは、少なくとも限定的な形にはなるだろう。
 一方で、マスクを着用した形での「声出し」が解禁され、3年ぶりに会場にコールが戻ってくることにもなる。いまとなっては懐かしの風景が戻ってくるということにもなろうが、それは時計の針が3年分戻るということではもちろんない。

 秋元真夏に加えて鈴木絢音もグループからの卒業を発表し、「変化」「転換」がずっと語られてきたグループも、ここで本当に転換点を迎えることになる。
 いつにもましてというべきか、いつも通りというべきか。でも、大切なライブになることは間違いない今回のバースデーライブを、楽しみに見届けたいと思う。
 (“全曲披露”でなくても、この3年で一度も披露されていないような曲が、少しでも演じられてくれればいいな、と少し期待しながら。)

 --

 何の話をしているのかだんだんわからなくなってきましたが、このへんにしておきます。
 定型的に入れると決めたのでブログの宣伝をします。

 坂道シリーズについて長ったらしいブログを書いています。このnoteよりもだいぶ分量がありますが、かなり時間をかけて書いているので、内容としてはもっとまとまっているのではないかと……。
 noteは乃木坂の記事が続いていますが、射程としては坂道シリーズ全体です。むしろ古参といっていい時期から応援している櫻坂(欅坂)や日向坂のほうが解像度は高いかもしれません。

 いい加減ブログにもっと注力したい、と思っているのですが、次にnoteで出す記事は、日向坂46についてのものになるような気がしています。
 まあ、気分でやっているので、それもどうだかわからないですが、書きたいことはけっこうあるので。

 とりあえずはバースデーライブ。全力で仕事をやっつけておいて、後顧の憂いなく全力で見届けたいところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?