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誰かを想うことで強くなれる『君が心をくれたから』

2024年1月〜3月、私は2.3年ぶりにしっかりとドラマのワンクールを追いかけた。
その内のひとつがフジテレビ系月曜21時に放送されていた『君が心をくれたから』だ。 

昭和生まれ平成育ちの自分が見るには少々若々しすぎるとは思ったものの、私は元来ファンタジー好きで、時を越えたり謎の奇跡が起きたり、死んだはずの人が生き返ったりと、日常では考えられない出来事に巻き込まれる話が大好きなのだ。

このドラマとの出会いは偶然で、でもアナタは見るべきというそれこそ謎の力が働いたような気さえする。
まず私は宇多田ヒカルさんが大好きだ。同世代の神だと本気で思っている。(ご本人は神呼ばわりなどされても迷惑であろうが)
ヒッキー(この呼び方をしている人が今どれくらいいるか不明)が楽曲を提供するのであれば、きっと彼女の中でも何か響くものがあったに違いないと勝手に確信していた。
そしてちょうど年末年始で鑑賞した映画やドラマで、永野芽郁さんの演技好きだな、と思い始めたタイミングだった。
ライフスタイルの変化もあって9時からのドラマを観る習慣が全くなくなっていたので、昨年であれば確実に内容を調べることもなく通り過ぎていたと思う。
ヒッキーの主題歌と、永野芽郁さんの主演。ふたつが重ならなければ、毎週涙と鼻水を垂れ流す3カ月を送ることはなかった。

物語の主人公は、逢原雨(永野芽郁)。パティシエになることを夢見て上京したものの、夢破れ地元長崎に戻ってくる所から物語は始まる。
この雨ちゃん、冒頭とにかく暗い。
常に俯いているし、おどおどして人の目を見て話す事も苦手そう。その上、時折差し込まれる高校時代の回想では、名前を揶揄われ虐められていたこともわかる。
実家には優しいおばあちゃん(余貴美子)がいて出迎えてくれるけれど、どうやらお母さんはいない。
なんと幼少期に虐待されいて、おばあちゃんに引き取られて育てられたことがわかる。
とにかく不幸のてんこ盛りで、設定からして重い…。見ているこちらまで辛い。これだけで私は何度か脱落しそうになった。

ある大雨の日、学校の昇降口で雨に声を掛け、傘を貸し、仲良くなるのが先輩である朝野太陽(山田裕貴)だった。太陽はいつも明るくにこやか、名前の通り太陽のような男の子。
暗くて自己肯定感がどん底で、すぐに自分などいらない……と卑屈になる雨に、太陽は「この世界に雨は必要だよ」と言って励ます。
将来、太陽は花火師に、雨はパティシエになりたいという夢を持っていた。
互いに夢を叶えて、10年後に太陽の花火を一緒に見る約束を交わし、雨は東京に旅立ったのだ。

その2人が10年ぶりに再会した。
しかし、お互いに夢を掴めずにいたから、約束通りの幸せな再会ではなかった。
その上、太陽は事故で瀕死となってしまう。
このドラマは地獄なのか……?と思わざるを得ない鬱展開の数々。
どこがファンタジーなんだ…、と頭が混乱してきた頃、
現場に居合わせた雨の元に、黒ずくめの男女が現れ、雨の五感を差し出す代わりに太陽の命を救うと言い出す。雨は半信半疑ながらも、太陽のためにその奇跡を受け入れる……。

と、1話でこの状態。とにかく重たい…。

つらい、不幸すぎる。そして奇跡を太陽に話したくない雨は、2話以降も、わざと太陽を遠ざけたり、別の男に恋人のフリを頼んだりとまわりくどい事ばかりする。
その内に雨は味覚を失い、嗅覚も失い、もちろんパティシエになる夢は永遠に叶わぬものとなってしまう。
五感を差し出すという事がどれほど苦痛を伴うものなのか、徐々に理解する雨。
五感が思い出を呼び起こすトリガーにもなりうる事、いらない感覚なんて本来はないのだと知り、自分の未来を悲観し始める。
そんなどん底から、案内人の日下と千秋の助言もありやっと素直に太陽に想いを伝える事ができるのが5話あたり。

それに加えて、大好きなおばあちゃんの病気、心を病んで施設で暮らす母との関係などたくさんのエピソードが絡んで、重くて見るのもつらいのに、どうしても続きを知りたい。どうなるのか見届けるまでは……毎週ボロボロと涙をこぼし続けました。

でも脱落しなくて本当に良かった。

この物語は、ファンタジー的出来事を通してひと組のカップルが永遠の愛を誓う物語ではないんです。
自分の事が嫌いで何をしても自信のなかった雨が(と同時に、太陽が)、この奇跡を通して自分自身の生きる意味を見出す物語だった、と思うのです。

物語の途中で、奇跡の案内人である日下(斎藤工)がかつて自分も奇跡を受け入れ瀕死の恋人を助ける経験をした事があると明かされます。
彼は恋人の怪我を肩代わりする奇跡を受け入れ、一生寝たきりの人生を送ったのです。そして恋人は、画家の夢を諦めきれない、と日下を捨て、その後立派に画家として名を馳せました。日下はその恋人の絵が長崎に展示されていることを知り、今回の案内人を引き受けたのです。
常に自分よりも太陽の事を考え、五感を失いつつも自暴自棄にならず先のことを考えている雨。
自分を助けるため命を落とすよりも辛い試練を与えられた雨に、自分の花火を見せるために奮闘する太陽。
日に日に心を成長させる2人の姿を見て、日下はついに絵を見る決心を決めます。
そしてかつての恋人の心の中に最後までずっと自分がいた事を知り、この絵のために自分は生きたのだ、と、死後にして自分の生きた理由を見出しました。

雨は、太陽を想うことで失っていくものよりも強い心を得た。そして太陽も、自分よりも雨を想うことで自らを成長させた。

↓ここから物語のラストに触れます

五感の全てを失うその瞬間まで、太陽の未来を全て優先させた雨に涙が止まらなくなってしまった……。どうしてそこまでするのか、最後くらい甘えたっていいじゃないかと。
そして、太陽にも奇跡を受け入れるかどうかの選択が日下から与えられる。

なんの感覚も持たず動くこともできず目の前にいる雨が、自分を助けるために起こした奇跡を受け入れて、天寿を全うするか。
それとも彼女に全ての感覚を返して自分が死ぬか。


よく考えてみたら、1話の段階で本当なら太陽は死んでいたんだ。彼の命に関わることだから、奇跡を受け入れるか否かは、雨ではなくて太陽に選択権があったはず。
でもこの事をすっかり忘れてしまっていた。どうにか五感を取り戻して2人で幸せになる方法が出てくるんじゃないかと。
この物語は、ファンタジーなのになんて現実的だったんだろう。ただ最初の、「本当なら死んでいた」段階に戻ることが雨の五感を取り戻すための1番合理的な方法だった。
最後までなんて地獄みたいな方法を取るんだろう……酷すぎるわ……と頬を引っ叩かれたような衝撃だった。
当然太陽は自分が死ぬ方を選ぶに決まっているのだ。

ここで思い出されたのが、日下の恋人。
きっと彼女の所にも、奇跡の案内人が来たのではないかと思うのだ。
彼に健康な体を返すか、このまま天寿を全うするか?と。
でも恋人は、画家になる夢を諦められなかった。
日下を犠牲にした。
その代わりに彼女は夢を叶えて、それでも日下の事を死ぬまで忘れることはなかった。
どちらを選んでも残酷だけど、日下にとっても、恋人にとっても、生きる意味がある方を選んだ奇跡だった。(日下は生きている間に気づけなかったけれど)

太陽にとって、花火師になる夢は叶った。だけど自分の花火を見せることは叶わなかった。
ただ、自分が死んでも、雨の目が見えるようにさえなれば、花火を見せることはできる。(彼は予備の花火をとっておいていた)
でも、雨がパティシエになるという夢は途絶えてしまったままで、今の太陽の夢は雨の五感を取り戻して最高のパティシエになってもらうことだった。
これは、互いの夢がそのまま自分の夢になっている2人だからこそ、起こせた奇跡だと思うのだ。

目覚めた雨は、太陽の葬式でも墓前でも、泣き喚いたり取り乱したりしなかった。この3カ月に太陽と2人で過ごした時間で、おばあちゃんの死を乗り越え、母との確執を解き、雨は逞しくなった。
そして最後に1人で見た太陽の花火のやさしい赤い色。
2人の思い出の傘が、雨の上に広がったのを見て、また私は涙がこみあげた。

1話からブレる事なくこの最終回に向かって丁寧に丁寧に作り込まれてきた物語。賛否両論あって、視聴率だって良くなかったらしいことは知っているけど、数字なんてどうでもよくて、私はこのドラマからたくさんの温かさをもらった。
現実に、こんな他人想いのいい人ばかり存在しない事はわかっているけども、物語なんだからそれでいいと思う。人は本当は温かいものなんだから、綺麗事でもいいじゃないか、と。
登場人物のみんなが、誰かの事を真剣に想っている。
想うことが、自分をも強くする。
そんな想いがしっかりと伝わってきた。

個人的に、おばあちゃん役の余貴美子さんが素晴らしかったと思う。雨をひたすら優しく包んでくれていた。
全編に流れる松谷卓さんの音楽も、大好きだった。
そして、
『ああ そんなに遠くない未来
 僕らは もうここに いないけど
 ずっと
 I’m in love with you』
とまるで最終回がわかっていたかのようなヒッキーの主題歌。
頼りなくて暗くて今にも消えそうな雨から、立派なパティシエになる雨までを演じていた永野芽郁さん。静かに涙をこぼすシーンがいつも印象的だった。
映し出されるもの全てが大好きなドラマになった。

3カ月どっぷりとドラマの世界に浸って、こんなに泣いたのは久しぶりだった。
太陽が生きていてくれたらよかった、と思うけれど、死が全ての終わりとは思わないし、彼は遺された人の心に生きつづけている、と私も信じてます。

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