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平和の楽器、ウクレレ

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】

 このところ、ウクレレづいている。ついに昨年の暮れ(1993年当時)には「ウクレレ快楽主義」(TOKYO FM出版)という本を製作するまでにいたった。もちろんウクレレに関する本である。
 本の宣伝の前に、ウクレレという楽器がどれほど認知されているか確認してみたい。おそらく、ウクレレはハワイの楽器だということや、あの、まるで人をばかにしたような形状を知る人は多いにちがいない。そしてだれもが思い浮かべるのは牧伸二の「あ〜あんあ、やんなっちゃった」だろう。
 が、実際ウクレレを手にしたことがあるのは、特に四十代以下では極めて少数だということはまちがいない。そう、ウクレレは長い不遇な時期を過ごしてきたのだ。

 昭和三十年代、ハワイアンミュージックが日本で大流行した。それとともにウクレレは売れに売れ、メーカーは生産が間に合わず、仏壇や、げたを作る会社に下請け発注するほどだったという。後のギターブームのように、一家に一台、というほどウクレレは普及したのである。ハワイアンブームの痕跡は今やほとんどない。各大学の軽音楽クラブの名前が、ついこのあいだまで「ハワイアン研究部」だったりするくらいだ。ハワイアンの後に、フォークブーム、ロックブームが次々とやってくるにいたって、ウクレレも押し入れの隅に押し込められ、その存在すら忘れ去られてしまったのである。
 五年前に僕がウクレレを買った際、楽器店の人も申し訳なさそうに言ったものだ。昔はたくさんあったらしいですが、今はこの二本しか…。僕はその時、フェイマスというブランドのパイナップル型のウクレレを買った。それが僕とウクレレのつきあいの始まりだったわけだ。

 手にとってみればだれもが分かることだが、どうしてこんなにかわいいんだろ、というくらい愛しくてい楽器だった。小さいから、どんな場所でも弾ける。机に向かう仕事の合間に弾いたり、寝転んで弾いたりしても許してくれそうな楽器、というのはそうないだろう。ぽろんぽろんという音色はあくまでも明るく呑気(のんき)で、どんなに気がめいっているときでも一発で笑顔が取り戻せるのだ。
 ある人が、ウクレレは人間の心の奥深くにある平和な部分を浮き上がらせてくれる楽器だと言ったが、まさしくその通りだと思う。

 ウクレレが初めて日本にやってきたのは、実をいうと終戦直後である。焼け野原となった日本の地に、米軍機からチョコレートなどの支援物資とともにパラシュートで降りて来たのだ。もう戦わなくてもいいんだよ、という平和のメッセージでもあった。さしずめイラクにもミサイルの代わりにウクレレを。あるいは、ブッシュやクリントンはウクレレを弾きながらフセインに訴えた方がいい、ってことだ。こんな冗談さえ今は現実主義の堅物たちの非難を浴びそうだが僕は政治家でも評論家でもないから、平和を観念でおしつけられるより「そう、平和ってこんな感じ」という風にひとりひとりの心に深くイメージすることのほうが大切な気がしているだけだ。とにかく、ありがたいことに、僕は今ウクレレな感じなのである。

関口コメント:
ウクレレが日本にやってきたのが戦後であるというのは明らかに当時の僕の認識が間違っていた。掲載の直後指摘していただいた。戦前の功労者、特に灰田兄弟の関係者皆さんに謝罪したい。今ならネットで簡単い調べられることも当時は難しく、憶測で書くことも多かった気がする。申し訳ない。ウクレレが支援物資と一緒に降りてきたというのは本当だ。


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