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ビートルズが僕にくれたもの

【1989年にVIP通信でスタートした連載を原文のまま掲載】

 ずいぶんと昔の話になる。

 中学3年生の時から約2、3年間。僕はよく本を読んだ。生涯で一番読書量が多かった時期かもしれない。それと同時に音楽も熱心に聞き始めた。それらの小説や音楽はいちいちち僕を感動させ、のたうちまわらせたものだった。

 つまり、脳内の新陳代謝による精神的な疲労がもっとも多かった時期ともいえる。おまけに睡眠不足とスポーツによって、肉体的な疲労もピークに達していた。

 溌剌(はつらつ)とした高校生とかエネルギッシュな若者などというイメージは虚像だ。高校生の大半はウンコすわりせざるを得ないほど疲れきっている、と僕は思う。少なくとも僕の場合はそうだった(ウンコずわりはしなかったけどね)。

 とにかく、僕は毎日疲れ果てていて、授業なんかまともに聞いていられないほどだった。ほとんど授業時間は眠って過ごし、休み時間は体力の消耗を防ぐために廊下で窓にもたれておとなしくしていた(昼休みにサッカーする以外は)。

 家に帰り、本を読んで、ラジオの深夜放送を聞く。もう真夜中だった。僕はいつもため息をついた。「また、何も手に入れられないまま、一日が終わってしまった」と。

 思えば、欲しいもの、つまり確実なものが手に入らないフラストレーションが、いつも僕を疲れさせていたのかもしれない。

 ある春の日のこと。僕は友だちと二人で学校をサボることにした。登校するふりをして家を出て、駅で待ち合わせ、学校ではなく、海のある方角にバイクを飛ばしたのだ。

 それまでにも、わざと遅刻して行ったり、午後からの授業を抜け出したり、仮病を使ったりはしていたものの、計画的に学校をサボったことはなかった。

 春の海はただひたすらに気持ちがよかった。本来なら、授業で嫌な教師のつまらない話をもんもんとした気持ちで聞いているはずの時間に、海を見ている。その気持ち良さはおそらく経験した者にしかわかるまい。そしてほんのわずかな決心をしただけで、まったく違う場所に立っていることができる自分に、今さらながら感動していたのだった。体の内側さえ生まれたばかりの赤ん坊のように泡だっている感じがした。

 海からの帰り道、N市のレコード店に立ち寄った。当時でも県下一の大きなレコード店だった。新装したばかりの店内で、輸入盤のコーナーを見つけて狂喜した。時々、同級生で歯医者の息子が東京のレコード店で手に入れたという輸入盤や海賊盤をひけらかすのは見ていたが、それがまさかこの田舎町で手に入るとは思わなかったからだ。その中で見つけたのがビートルズの『ア・ハード・ディズ・ナイト』だった。コマ撮りしたようなメンバーの顔写真が4列に並んでいるジャケットのデザインが新鮮だった。というのも、当時の国内盤は、同映画の中で「すてきなダンス」を演奏中のモノクロ写真と赤い文字が入っただけの地味だジャケットだったからだ(今となっては、そちらの方が希少価値がついてます)。イギリス盤の方のジャケットではジョージ・ハリスンが煙草をくわえて写ってたりして、発売当時、彼らもアイドルグループだったわけだから、煙草をくわえた姿というのはそれだけでセンセーショナルだったのかもしれない。

 ともかく、僕はそのレコードを手に入れた。財布の中には、もうコーヒー代くらいしか残っていなかったが、僕は満足だった。

 友だちが持っていたカメラで、レコードと一緒に記念撮影をした。それは、欲しかったレコードを手に入れた記念でもあり、初めて意図的に学校をサボった記念でもあったけれど、今の僕が見ると、何かそれ以上の記念だったのかもしれない。その時もそんな気がしていたに違いない。18年も昔の話だ。

「ビートルズは不良だった」というビートルズの伝記の一節が当時からずっと頭にこびりついて離れなかった。

 学校をサボれば不良なのか。煙草を喫(す)えば不良なのか、当時の僕には何ひとつ判断できなかったけれど、ビートルズが僕にくれたものは、とてつもなく大きな勇気だった。

 はみ出すことをおそれず、はみ出すことによって自分の可能性を見いだす。そして新しい価値観を自分の中に作ること。それを世間に示すこと。そこまでやった彼らは僕にとってただの不良をはるかに超えた存在だった。

 今でもビートルズのアルバムの中で何が好きか、と聞かれると僕は『ア・ハード・ディズ・ナイト』だと答える。もちろん「エニー・タイム・アット・オール」や「アイル・ビー・バック」といった僕の好きな曲が収められていることもある。しかし、思い入れというのは、説明しきれるものではないし、仮に説明できたとしても、それ以上のものに変わるわけでもない。ただ僕ひとりがこのアルバムにいろんなことを思うだけなのだ。

関口コメント:
この連載コラムのタイトル、AVというのはオーディオ・ヴィジュアルという略語でアダルトビデオではない。念の為w
オーディオ・ヴィジュアルって言わなくなったのは両方の境界がなくなったせいかな。


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