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モーリス・ラヴェル 「ハイドンの名によるメヌエット」(1909)

作曲家 モーリス・ラヴェルについて

モーリス・ラヴェルは1875年3月、フランス南西部のスペインに近いバスク地方のシブールで生まれ、バスク人の母とスイスの発明家の父の元で育った。
ストラヴィンスキーから「スイスの時計職人」と異名を授かった彼は、精緻で完璧主義的な書法と人間味を兼ね備えた、いわば「感性と知性の中間点(本人談)」を目指した作風を特徴とし、近代フランスの音楽界に大きな影響を与えている。
代表作として、「ボレロ」「水の戯れ」「道化師の朝の歌」「マ・メール・ロワ」「ツィガーヌ」「クープランの墓」などが挙げられる。


「ハイドンの名によるメヌエット」について

ABA' という構成の三部形式である。ト長調の楽曲ではあるものの常にどこかもの悲しさを感じさせるが、それはラヴェルが大変好んだ教会旋法を用いた書法が、今作にも例外なく盛り込まれているためである(例えば冒頭部分【譜例1】を見ると、第1~2小節はト長調というよりミから始まるエオリア旋法であり、第3~4小節にて少し遅れてト長調が現れるといった仕掛けが成されている)。

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【譜例1】第1~4小節

上記のように冒頭にはっきりと「HAYDN」が提示されるが、この作品で面白いのはその先ハイドンの音名象徴が次のようにどんどん変形して登場するのである。

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【譜例2】第16~26小節

第19小節の内声に現れる「ソレレラシ」というモティーフは、原形「シラレレソ」を逆から読んだものである。これは逆行形と呼ばれ、バロック時代にかの大バッハも使用していた対位法技法の一つである。また第25小節の内声にいる「レソソド#シ」というモティーフは、反行形の逆行形というひねり技であるが、これも列記とした対位法技法の一つである。

その他にも、ラヴェルによる数々の巧みな仕掛けがある。その一部をご紹介しよう。【譜例2】の赤線部分の骨格を形成するのは「シラレ=HAY」を反行形(上行下行を反転させたもの)にした「レミシ」であり、これはこの後の展開において極めて重要なモティーフとなっていく。青線部分も同じく反行形であることにお気づきだろうか。そして緑線部分では、なんとバスのラインに「ソファ#シミ=シラレ(レ)ソ」とHAYDNが顔をのぞかせている。

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【譜例3】第27~48小節

このバスにさりげなく潜ませる手法をどうやらラヴェルは気に入ったようだ。【譜例3】は本作後半のクライマックスを形成する部分の全貌だが、まず【譜例2】で示した第19小節~の逆行形モティーフ及び赤線部分のモティーフの執拗なまでのリフレインが内声とソプラノにそれぞれ確認できる。その後ppによるクライマックスを迎えるが、この一連の流れの中のバスに注目してみると…!茶色矢印の音を順に拾っていくと「ド#ファ#シラ」で、なんとこれは先述の第25小節に現れた手法-反行形の逆行形-をさらに超拡大したものにピタリと一致する。そしてそれに被さるように黄線部分及びその2小節前のメロディーに、久々に”通常の”HAYDNが現れ、そのタイミングでもって再現部(A')がやってくるという完璧すぎる構成を聴くことができる。

このように演奏時間にしてたった2分の小品ながら、ラヴェルの徹底した職人っぷりが遺憾なく発揮された作品と云える。


演奏者からのコメント

ラヴェルのことですので、企画テーマがハイドンだから意図的に“メヌエット”を採択したのでしょう(ハイドンの交響曲やピアノソナタなどからメヌエットをたくさん聴くことが出来ます)。古典的なメヌエットにならって気品高く、そして特に何か大きなドラマを起こすこともなく実にシンプルに仕上げられていますが、一つ一つの和音の選び方、対旋律の絡ませ方やハイドン音列の有機的な動機労作等は天才ラヴェルならではのまさに神業。それゆえ演奏も実は難しいのです(響きのバランスがあまりにも繊細がゆえ)。
(増田達斗)

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