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地熱発電を支えるセメント―地熱井セメント

みなさんは地熱発電をご存知でしょうか?

地熱発電とは、地中深くから取り出した蒸気で直接タービンを回し発電するものです。火力発電所では石炭、石油、LNGなどの燃焼による熱で蒸気を発生させるのに対し、地熱発電では地球がボイラーの役目を果たしているといえます。

九州電力株式会社 地熱発電

地熱は、燃料不要のエネルギー源であり地熱発電では二酸化炭素などの温室効果ガスを出さない形での発電が可能です。

地熱発電所のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

そのため地熱利用は持続可能な開発目標、SDGsの観点から国内外問わず注目されています。

・目標7[エネルギー] エネルギーをみんなにそしてクリーンに
「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」

・目標13[気候変動] 気候変動に具体的な対策を
気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる

SDGsとは? | JAPAN SDGs Action Platform | 外務省
パンフレット:持続可能な開発目標(SDGs)と日本の取組(PDF)

地熱発電のしくみ

さて、そんな地熱発電ですが発電のために地中奥深くの地熱貯留層まで届く地熱井(ちねつせい)を掘ります。
地熱井を通して地中から熱を取り出すのです。


File:Schematic-DoubleFlash-Geothermal-PowerPlant-JP 01.PNG
S-kei, CC0, via Wikimedia Commons

生産井から取り出す地熱の温度は発電方式によって異なりますがフラッシュ発電だと200℃以上、温泉バイナリー発電だと80℃ほどで発電できるケースもあります。
参考:地熱発電のしくみ | 日本地熱協会 - Japan Geothermal Association (JGA)

過酷な環境

また、地熱貯留層では通常の場合は高温であっても土圧によって沸点が高くなっています。(水の飽和蒸気圧曲線)
しかし掘削にともない地熱井付近が減圧されることで沸点が下がり水蒸気が暴噴することがあります。
強い衝撃にさらされるということです。

地熱井での水蒸気暴噴の様子

地熱井は過酷な環境に設置されます。
この状況に耐えるべく地熱井には特殊なセメントである地熱井セメントが使われています。

地熱井セメントとは?

地熱発電所の蒸気井には高温下での特殊ニーズに応える地熱井セメントをお薦めします。
高温下での工事に適した地熱井セメントはオイルウェルセメント・クラスGシリカフラワーを混合したもので、強度特性はもちろん、硫酸塩に対する化学抵抗性にも優れたセメントです。

地熱井セメント | UBE株式会社 - UBE Corporation

地熱井セメント=油井セメント(主にクラスG)+シリカフラワー
となります

それぞれ説明していきます。

油井セメント?

油井セメントは主に油井のケーシングの補強に使われているセメントです。
読んで字の如し、ですね。

組成としてはポルトランドセメントをベースとし、規格に応じて混合剤や混合材を調整しています。

油井セメントの規格はアメリカ石油協会の定めるAPI規格があります。
API規格は使用する環境が高温高圧で厳しいことから通常の構造物用セメントよりも厳しい規格です。
使用する深度や温度に応じてAからHまでの8クラス、耐硫酸塩性能に応じて3グレードに分類されます。
世界で多く使われているのは高程度耐硫酸塩型のクラスGセメント(OWC-G)です。

日本でAPI規格の品質認定を受けているのはUBE株式会社(旧宇部興産株式会社)宇部工場のみとなっています。

(参考:油井セメント・地熱井セメント(Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan,2007 年 14 巻 331 号 p. 464-469,高橋)

シリカフラワー?

地熱井は油井よりさらに高温高圧の厳しい環境に設置されるため油井セメントにシリカ質の混合材を加えます。これをシリカフラワーといいます。

セメントでシリカと聞くとシリカヒュームを連想する方も多いと思います。シリカヒュームの平均粒径が0.1~0.2μmであるのに対してシリカフラワーは10μm程度で粒径が大きいものとなっています。
シリカヒュームが流動性の改善やポゾラン反応による長期強度の増進を目的に使われるのに対して、シリカフラワーは耐熱性の向上のために使われます。

どうしてシリカフラワーを入れたセメントは耐熱性に優れるのでしょうか。
通常のセメントは長期間にわたり120℃以上の高温にさらされると脱水とケイ酸カルシウム水和物が多孔質のα-ケイ酸二カルシウム(2CaO/SiO₂)に変化することによって強度が減衰します
厳しい環境においてセメントの強度が低下すると地熱井の寿命を大きく損なうおそれがあります。

そこでシリカフラワーを添加することによって強度の増進を図ります。
高温高圧環境ではシリカフラワー内のケイ酸イオンと富カルシウムのケイ酸カルシウム水和物が反応することで結晶構造を変じて高強度で空隙の少ないトバモライトやゾノトライトを生成します
そのため地熱井セメントにはシリカフラワーを入れるのです。

(参考①:油井セメント・地熱井セメント(Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan,2007 年 14 巻 331 号 p. 464-469,高橋)
(参考②:ケイ酸カルシウム水和物に見るナノの世界(Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan,2001 年 8 巻 295 号 p. 553-557,岡田)

まとめ

今回は地熱発電所の地熱井で使われる地熱井セメントについて書いてみました。
地熱井セメントはポルトランドセメントや高炉セメントなどよく知られるセメントと違って資料が少なく調べるのに苦労しました。それでも、地熱井の仕組みやシリカフラワーのことを知ることができたのでとても楽しかったです。

この記事を書くきっかけになったのは特殊セメントについて調べているときに油井セメントを知ったことでした。
日本では油田が数えるほどしかないため油井には馴染みがなくいまいちピンときていませんでした。
しかし、油井セメントを調べていくうちに地熱発電所で使用される地熱井セメントというものもあることを知り興味を持ちました。

気候変動や原油価格の高騰など日本のエネルギー事情は今後ますます厳しくなると思います。それだけに、燃料不要の地熱発電は注目されていくと思います。
この記事を通して地熱発電の縁の下の力持ち、地熱井セメントについて知っていただけたなら幸いです。

※サムネイル画像の出典
(東北電力・柳津西山地熱発電所
File:Yanaizu-Nishiyama Geothermal Power Plant 01.jpg
Σ64, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons



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