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怖れられ、親しまれる道、カラコラムハイウェイ

カラコラムハイウェイは、パキスタンのイスラマバード近郊から、中国西部・ウイグル自治区のカシュガルまでを結ぶ、全長約1300㎞の国際基幹道路だ。7000~8000m級の山々が連なる、カラコラム山脈の険しい谷間に切り開いた小さな道を、トラックや、バスやタクシーが、日夜行き交っている。

この道は、沿線の山々に住む人々からは、通称「KKH」と呼ばれている。フンザの人たちが、「KKH」と言う際、僕はそこに、畏怖の念を感じ取ることができる。なぜなら、KKHの半分以上は、草木のない急峻な山腹に作られていて、下はインダス川まで数百メートルの断崖絶壁、上には、いつ落石や土砂崩れがあるかわからない白い岩肌が延々と続く、厳しい環境にあるからだ。人家や商店がまるっきりない、がけっぷちの道路だけが何十キロも続くエリアもある。
KKHの旅に危険はつきもので、崖からの車両転落事故、落石事故、山賊による襲撃事件が絶えない。直近では2024年5月3日未明に、長距離バスが道路から100mほど下の川べりまで転落し、20人が死亡、21人がけがをする事故が発生。2023年12月2日夕方には、同じく長距離バスが何者から銃による襲撃を受け、9人が死亡、25人がけがをする事件が起きている。
また、スムースに行っても、KKHを通り、フンザからパキスタンの首都イスラマバードまで行くには、約17時間かかり、十分に過酷だ。さらにがけ崩れなどのトラブルがあれば、20時間、30時間以上の旅になることもままある。
僕はこれまで、5回ほどKKHを使ってイスラマバード―フンザ間を行き来したことがあるが、いずれもつらくて心細い旅だった。特に月のない夜中にKKHを走るときは最悪で、真っ暗ながけっぷちの道はひたすら怖かった。時折、数キロ離れた谷の対岸に、遊牧民が熾している焚火がぽつんと小さく見えることがあって、「こんなところにも人間は生きているんだ」と、感慨にふけると同時に、「ずいぶん遠くまできたな」と、郷愁に駆られた。

過酷で厳しいKKH。しかし、どんなにそれが危険であっても、人々はこの道を使い続ける。なぜなら、KKHは、三蔵法師も歩いた古くから今に至るまで、シルクロードそのものであり、中国とパキスタンを結ぶ唯一の交通・物流の大動脈に他ならないからだ。とりわけ、近年中国との関係を深めているパキスタンにとって、KKHの重要性は高まっている。余談だが、沿線の人々が何かデモをする際には、KKH上で行う。KKHを止めることは、最も当局が嫌がることであり、デモの効果を最大限に高めることができるからだ。

フンザの人たちは、KKHに対してにH畏怖の念を抱いているといったが、また同時に、親しみを感じているのも間違いない。それは、このシルクロードが、彼らの祖先が、いつか大昔に遠くどこからかここへやってくるまで歩いた道でもあるからだ。また、今日でも、進学や出稼ぎなどで山を離れた家族や友だちのほか、旅人や必需品や珍しい物資もみな、KKHを通ってやってくるからだ。

そんなこんなで、KKHは、フンザへの旅のハイライトの一つといってもいいかもしれない。大変過酷で危険も伴う道だけれど、この道を通ったという思い出は一生ものになることは間違いないと思う。

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