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最終面接を受けるということ。

会話をする時、頭の回転と瞬発力が必要だと思っている。

でも私はその二つ共、持ってなくて世間話くらいは出来るかもしれないけど、人の話を聞いて、考えて言葉にするのが苦手だ。

ついさっき弟が突然「明日最終面接だ」と言いだして私は固まった。なんでそんな大事なことを突然言うのかと思った。私は「へえ、そうなんだ」としか言えなかった。

姉は、本当はもっと気の利く言葉を返したかった。



私も社会人なので最終面接を受けた経験はあるけど覚えてる事と言えば、とても緊張した事と「貴方は自分が運のある方だと思いますか?」という偉い人(たぶん社長だったと思う)の質問に対して頭が真っ白になってしまって咄嗟に「ありません」と返事してしまい、その結果面接に落ちたくらいしかない。そりゃ最終面接まで来て、運がある人とない人なら、ある人に来て欲しいと思う。当然だ。

そんな私も今の会社では自分も面接をする立場になることもある。面接をしたらその報告を上司にするし、面接後は先輩やら同僚から「今日の面接どうだった?」と聞かれる。そこでは「良かったですよ」や「ちょっと合わないかと思います」のどちらかを伝えるわけで、そんな中で最終面接までくるという事は「良かった」が重なっていった結果ということなる。

そして最終面接を迎えるということは、面接を受けためちゃくちゃ短い時間の中で面接官に「良かった人」「良い人だ」と思ってもらえた事になる。

面接を受けて数を重ねる程、その会社には自分のことを「良い人だ」「ほしいな」と思ってくれてる人が居ることになる訳で、最終面接までに三回面接したらそれぞれの面接官が一人だとしても最低三人は自分の事を「いいな」と思ってるということだ。
だから今から最終面接をしてくれる人の数よりも沢山の人が、自分の事を「良い人だ」と思ってくれていてる。そう思えば何となく頑張れそうな気がするし、そう思えばなんだか嬉しいなと思う。

でもやっぱり面接っていうのは緊張するよね、っていう話。

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