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#喜劇

【小説】自己忘却セミナー【80枚】

     一 夕方五時の放送が響く。破(わ)れたスピーカーの音に続いて、夕焼け小焼けの曲が流れる。 「何だあの音は!」と男が撥ね上がった。 「何だって、五時だろ」 相手の男はちゃぶ台を挟んで答えた。こちらは心持鉤のある鼻を、スポーツ新聞に向けたままである。 「あの陰惨な音、五時だから何だというのだ。何故、おれに知らせる」 男は片手にボールペンを持ったまま藤木を見下ろす。ちゃぶ台には履歴書がのる。 「昨日だって、一昨日だって、毎日鳴ってるぜ」 藤木は引っくり返っ