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小説

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2021年6月の記事一覧

広告年鑑を読んで

『コマーシャル・デザインが芸術を凌駕するのは、それが本物ではなく、本物の予告である。と言うことにある』 好きな言葉の一つです。 この間、広告年鑑を30年分見る機会がありました。 芸術の写真は、キャッチコピーをつけられないでしょうけど、個人的にはコピーは好きなんです。 デザイン、写真、キャッチコピーが決まったポスターは感動すらします。 鋭いキャッチコピーなどはメモしてしまいます。 比較的最近のものですと、earth music&ecologyの一連のシリーズはすてきでした。

引き出し

子供のころ、理科室の棚の引き出しを開けたら真鍮(しんちゅう)色の鉱物が入っていた。その物質を見たときに感じた妙な感情。何がどうなったらこういうものが出来上がるのか、魚屋にはまったくない無機質な物質性。

【小説】ブラボー親爺【12枚】

『徒久多゛煮』と太く勘亭流で書かれた行燈が軒先にかかる。木枠のガラスケースには佃煮が並ぶ。佃煮に挿してある薄板には価とともに、『あさり』や『うなぎ』と書かれてある。くつがえった札が二枚ある。  店の奥、上がった六畳間にはちゃぶ台を差し挟んで親爺二人が相対す。  手近にラジカセを置いてある。ベートーヴェンの交響曲第九番の結びの部分が流れる。 「せーの」と、ブラボー親爺がラジカセに耳を傾ける。  第九が歌い上げられた。 「ブラボー!」と親爺二人の声が立つ。 「うん、早

【小説】蛸親爺(たこおやじ)【168枚】

その一居酒屋の前の往来、路のまんなかで蛸が酔っている。 「たーこたーこ、たーこたーこ」と地面を手で叩いて拍子をつけながら、 蛸が声高に唄う。 花風の吹く夕、往来に面して油染みた暖簾を出す居酒屋の、店先にはビールケースが積まれ、立て看板、一升壜、牡蠣殻が並ぶ。朱塗りの行燈の明りの先に、蛸が八本ある足をだらりと伸ばし、腹を兼ねた頭を横様に倒しながら、墨吐き口を突き出して唄っている。 唄う合間に、「ういーっ」と一つ吐く。また唄う。それを繰り返す。行き交う人々は、『あれは何だ』とい

読書力

ルロワ=グーランの身ぶりと言葉 (ちくま学芸文庫) を読む。これはおもしろいと、他人にも勧めたくなる。そこで、ふと思う。思い浮かんだ人のうち、この本を自分のように興味深く読める人は、全員ではあるまい。 本を面白く読むにも、「読書力」と言ったものが要る。 単純に学力が高いからと言って、読書力も高いというわけではなさそうである。 現代文の読解問題が解けるから読解力があるかと言えば、そういうわけでもない。 読書というものは、自分の感性や知識をさらに拡げたり、つなげたり、また

カッコいいものとは?

音楽でも、服でも、デザインでも。また、人でも、かっこいいという。かっこいい、とはなんでしょうか。 感情が入り込まない物。 生活が見えぬもの。 苦労の跡が見えぬもの。 解釈を拒否しているもの。 常套句から逃れる。 理由が必要なものは、格好良くない。自然でない。様になっていない。 文章でも、何を主張しているわけでもない。しかし文章でなければ表現不可能なもの。 解釈を拒否しているものはカッコいい。 ミニマムデザインがかっこいいというわけではない。 この間、図書館で日本美術史をめくっ