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抜け出すのは「自己欺瞞」からだった!【ぬけだ荘】

はじめまして。
野田佳予子と申します。
このnoteを開いてくれてありがとうございます。

私はフリーのグラフィック、DTP、Webのデザイナーです。
新潟県の田舎に住んでいます。

このnoteは、所属するオンラインコミュニティ「前田デザイン室」での『ぬけだ荘』というプロジェクトへ参加するために書きました。
抜け出したいことを決意表明し、スタートラインに立ちます。


▼「前田デザイン室」って?


▼「ぬけだ荘」って?


今の私

勤めていたデザイン事務所を退職し、2020年4月、『デザイン&Web のこのこワークス』を開業しました。
現在、放課後等デイサービスで働きながら、デザインの仕事をしています。
放デイでは、子どもたちに工作や絵を教え、事務と広報関係の業務を行っています。


私が抜け出したいのは、
 デザイナー業だけで生きていけない自分 です。

デザインの仕事たくさんやりたい!
デザイン大好き!
いいものつくりたい!

スイッチが入れば、文字通り、寝食お風呂も忘れて没頭するほど、デザインとは、私にとって死ぬまでやっていたいことです。
でも、これだけで食べていけていないのが今までであり、そして現状でもあります。

こんなにデザイン大好きな私ですが、途中まで、学校の先生への道を歩んでいました。
私がデザイナーになるまでは、こちらの記事に分けました。


本記事では、デザイン事務所で働いていたときのことから書きます。


デザインの仕事は私の生きがい

2020年3月まで、私はデザイン事務所に勤めていました。

地元の小さなデザイン事務所で、代表と私の2人だけ。
あと、代表のペットの柴犬が1匹。(かわいい!大好き!)

デザイナーになる夢が叶った、大切な職場でした。
初めての仕事は、昔のパンフレットのリニューアルでした。

仕事が楽しく楽しくて、いいものをつくりたい、お客さんと代表を喜ばせたい、その一心でした。
私、生きてる!!!って感じでした。

最初は、営業はすべて代表で、私はひたすら制作でしたが、次第に案件まるごと一人で任せてもらえるようになりました。

自社オリジナル年賀状の企画を任され、毎年ほぼ一人で切り盛り。
業務の仕組みをつくったり、技術を共有できるように記録を残して蓄積したり。
手続き関係やサイト構築での、調べもの、問題点の解決。
見えない仕事も、役に立ちたくて率先してやりました。

残業代はありませんが、自分が納得できるクオリティの仕事をどうしてもしたくて、自分を雇うせいで赤字になるのは嫌で、好きで遅くまでやっていました。

私にはこれしかない。
死ぬまでデザインの仕事だけしたい。
雇ってくれた代表への感謝と、やりたいことで生きている幸せでいっぱいでした。


価値観のズレ

ありがたいことにだんだん仕事が増えてきて、2人でこなす量ではなくなっていきました。

「納期は絶対。
 早くできる方法、簡単にできる方法を考えろ。」

「時間をかければ誰だって良いものがつくれる。
 早くできるのがデザイナーだ。」

「残業代もないんだから早く帰れ!」

そもそも料金設定が安いと思う。
タダでデータや著作権を渡してしまっている。
料金に挙げられていない作業がたくさんある。
時には特急料金をもらわないと、納期が重なるばかりで苦しい。

私も問題に思っていることを恐る恐る伝えてみましたが、

「お客が来なくなるから料金は上げられない。
 利益を出すには早く仕上げろ。」
という答えで、なかなか受け入れてもらえませんでした。

スピードと、こだわりを捨てることを強く要求され、質を落としたくない私は、とにかく作業スピードを上げる努力をしました。
また、普段の生活の中でもできること、例えば常に仕事の段取りを考えること、アイディア出しや調べ物、細かい修正などしました。

適当な許容ラインに仕上げた仕事をとてもお客さんに渡せない。
きちんとしたものを提供することが、必ず次の仕事につながる。
私にとってこれは譲れませんでした。

こんなにがんばってるのに、強い口調と大きい声で叱責される。
ボーナスはもらえるけど、ずっとパート扱い、時給は低く、社会保障なし、将来が不安。
怒られる度に帰り道で泣きました。

でも、やっぱりこの仕事が好きだから。
私の障害のせいで迷惑もかけている。
ひたすらスピードを上げるしかない。
自分の中での結論はいつもこうでした。


プライド爆発!飛び出して独立

代表はもう一人雇うことにしました。
人づきあいが苦手な私は、人が増えるのは不安でしたが、実務経験者を時短パートで、とのことだったので、それならいいかなと思いました。

ところが、実際雇ったのは素人でした。

まったく関係ない経歴で、
数ヶ月前に公的学校運営の職業訓練でWebのみ勉強したそうで、小さいお子さんがいる主婦でした。

できる仕事がないので、文章の打ち込み、写真の入れ替え、簡単な修正などをして、時間で帰ります。
レイアウトの修正までしてもらうと余白や文字サイズがめちゃくちゃなので、細かく指示してやり直しになります。
サイト内の1ページを2カラムにするのに丸1日かかっていました。

効率と利益を上げるために雇うはずだったのに、
教える時間がないほど忙しいのに、
なんでこの人なの?!
しかも私、この人苦手なんだけど!

代表は料金設定の見直しもしてくれるようになったけど、
私がいくらがんばっても、この人雇うために利益消えるじゃん!

代表は私の時給を上げてくれましたが、時短パートさんの時給と70円しか違いませんでした。

私の価値はこれだけなのか?!

悔しくて悔しくて、毎日大泣きして、ずっと働いていたかった場所でもありましたが、悩んだ末に3年半働いたこの事務所を辞めました。

好きなようにやりたい!
勢いで、ずっと興味があった前田デザイン室にも入りました。

自分の価値観とやり方で、
この仕事をやるしかない。

正直なところ、意地、当てつけもありました。


「いつも副業してる」から抜け出したい

退職の翌日、開業届は出しました。
放課後等デイサービスで働きながらの、見切り発車です。

放課後等デイサービスとは、特別な支援が必要な子どもたちを対象とした、学童のような福祉サービスです。

現在勤めている放デイの経営陣は、軌道に乗るまで働かせてくれると言ってくれて、私のデザイン業を応援してくれています。
前事務所でのお客さんであり、それが縁で依頼を受けて、以前から月に2・3回、子どもたちに工作や絵を教えに行っていました。

思い返せば、私はいつも、いくつも仕事を掛け持ちしていました。

フリーター時代はもちろん、前職在籍中も放デイでの指導員の他に、2つバイトをしていました。

いろいろなことをするのは気分転換になるというメリットもあるのですが、一番の理由は端に収入が少ないからです。

私が死ぬまでやりたいのは、やっぱりデザインです。
クリエイティブだけで食っていけるようになりたい!


前田さんに深夜のLINE相談

前事務所の代表は辞めないでほしいと引き止めましたが、それでも私は飛び出しました。
そのくせ、辞めてからの私はまるで地面から引っこ抜いた草のように、みるみる萎れて抜け殻になり、鬱々と引きこもってしまいました。

すっかり忘れていましたが、教員を辞めた私にとって、子どもたちと毎日接することは大変でした。
障害を抱える私の特性上、音に過敏なので、静寂の世界にいたのに、騒音の世界のここは頭が割れそうです。

そして、毎日起きてる時間全てでデザインしてたのに、今は違うことをしている違和感で気が狂いそうでした。

もうデザインの仕事ができないかもしれない。
今度は底知れぬ不安で毎日大泣きしました。

とにかく、まずは放デイでの仕事を一生懸命やることだと気持ちを立て直してがんばりますが、要求が多い。

他にも事務や広報物作成など仕事はたくさんあり、
もーーー!!!
と、嫌な気持ちになってしまいました。

何でも簡単に言うけれど、
そんな単純なことじゃない!
自分でやってみたらわかるだろうに!

毎日疲れ果ててぐったりで、自分の事業に関することも進められないまま。

事務所辞めなきゃよかったのかもしれない…
土下座して戻った方がいいのかもしれない…

自分のことばっかりで、前田デザイン室になかなか関われていなかったのですが、主宰の前田さんが不定期で深夜のLINE相談をしていることが、ふと気に留まりました。

意を決して、藁にもすがる思いで、ある夜、この不安な気持ちを相談しました。

何度も打ち直した私のLINEはこんなでした。

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前田さん、こんばんは。
前デ25期の野田と申します。

自分がフリーランスのデザイナーとしてやっていけるのか、
この期に及んでまだ不安で仕方がないです。
自信がないです。
仕事取れる?生きていくだけ稼げる?
やるしかない、行動あるのみ!ってわかっているのに。

放課後等デイサービスで勤めながらのフリーランスを始めました。

既に開業届は出していて、前の勤め先でのお客さんからもらった仕事を2件しました。
今は、まずは放デイでの造形の先生としての仕事を軌道に乗せようとがんばっています。

放課後等デイサービスの経営陣は、私のデザイン業を応援してくれている人たちでもあります。
でも、業界やものづくりのことには疎く、無知ゆえの言葉や要求に、嫌な気持ちになってしまいます。
我慢して辞めなきゃよかったのかもしれない…とか考えてしまいます。
でもその度、それはやっぱり嫌だとも思います。
前の勤め先では、自分の努力や熱意や能力を踏みにじられた結果になったと感じているからです。

自信がないのと、プライドの高さが同居してしまっているんでしょうか…?
私には周りへの感謝の気持ちが足りない?心が狭い?
ごちゃごちゃな気持ちの中で、とにかく目の前のことを一生懸命やるのでいっぱいいっぱいになってしまっています。
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私が抜け出すのは「自己欺瞞」!!!

前田さんからのお返事は、フリーになったことを祝う言葉と、不安への共感で始まりました。

一度読み終わって、お返事の中の

心が狭いというか、若干、自己欺瞞かも。

という言葉に
 ???
となりました。

自己欺瞞???

それから何度も読んで、一つずつ考えて、
やっぱり「自己欺瞞」のところで、
 ? となりました。

自己欺瞞って、自分を欺くってことだよね?
自分に嘘ついてるってこと?
私そんなことしてない!っと一瞬だけムッとしました。

なぜ「自己欺瞞」と言われたのかわからなくて、言葉の意味を調べました。


「自己欺瞞」とは哲学の言葉で、「自分に問題があることに気づいていない状態」のことを指します。

ちなみに「自己欺瞞」について私が読んだ記事の一つはこれです。
http://hadakanoshacho.com/jikogiman

無意識のうちに自分を正当化し、言い訳をしたり、人のせいにしたりする。
自分の言動に対して責任を放棄し、一時的に身を守っている。
まるで違法ドラッグのように。その裏側で問題は増え続ける。
自己欺瞞から抜け出すには、言い訳せずに自分の責任を放棄しないことです。そして、自分を見つめる勇気をもたねばなりません。


ものすごい衝撃でした。

前田さんへの相談を打ちながら見えていた、
私はこんなにがんばってるのに!と泣いてる自分。
割りに合わないことをさせられてるんじゃないかと憤る自分。


これ、自己欺瞞だ。


なんなら、ここまで書いてきたこの記事も、前の記事も、

ぜーんぶ自己欺瞞!!!!!


言い訳ばっかり!!!

めっちゃ恥ずかしい!!!!!


私の問題は、「自己欺瞞」だ!!!


これまでいろんなところで読んだこと、
言われたこと、
怒られたこと、
全部つながって、自分のこととして腑に落ちました。
めちゃくちゃ泣きました。

自分の現状をありのまま受け入れる。
「どうせ私は…」的思考から自分を解き放つ。
自分を大切にする行動を実践する。

やっているつもり、わかっているつもりだったけど、なんか違うとモヤモヤしていました。
私はまだ、自己欺瞞の中でそれをやっていたからです。

あれもこれも、自分を守るための思考回路=自己欺瞞でした。
私はすごくすごく臆病で、
必死で自分を守ることばかり考えていたのです。


自分じゃ全くわかりませんでした。
トントン、肩を叩かれ、
「ねぇ、それって自己欺瞞だよ」って直接教えてもらって、初めて気づきました。

自己欺瞞な自分がクッソ優秀で、めちゃくちゃ守ってくれていた。


その日から「それ、自己欺瞞だよ」って自分に言うようにしています。
そうすると気持ちがフラットに近づきます。

今まで本当の自分がどこにあるのかずっとわからない心持ちでいたけど、自己欺瞞の後ろにひっそりいるのが、何となくわかる感じがしてきました。

前田さんがおすすめしてくれた
「自分の小さな『箱』から脱出する方法」という本を読んでいます。
自己欺瞞の状態のことを「箱に入っている」と称してお話が進んでいきます。

自分の思考、ずっとこんなんだったわ!と耳が痛いです。
めちゃくちゃ箱に入ってました。
鋼鉄製のやつ。
私って本当に幼いですね。
まさに箱入り娘でした。

本当はこの記事出したくない。
恥ずかしいです。

私が抜け出さなければならないのは、
「自己欺瞞」でした。

言い訳せずにできること全部やったら、
「デザイナー業だけで生きていけない自分」から抜け出せるんだろう。

私は箱の中にいた、と気づいた。
私のぬけだ荘での第一歩です。

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