予知夢

「嫌な予感がする」
そんな感じがするのは、きっと何かに対して不安に思っている要素があるからで、予感というよりは「不安な気持ち」だと思う。
そして、その予感は大概思い過ごしで、その予感が当たることはない。
そもそも「嫌な予感」は当たって欲しくないけど。

これから綴っていく話は、フィクションならフラグが立ちすぎてしまっている、少し陳腐な「予感、夢」の話だが、実際に起こった話なので、少しでも不思議な感覚になってもらえることを望んでいる。


私は第六感や心霊現象など、信じていない(というよりも信じたくない)が、当時は目に見えない何かを確実に予見していた。

私の家族は、父・母・妹、そして私からなる4人家族で、極々平均的な家族だったと思う。
父はサラリーマンで、貧乏すぎることはないが贅沢はできない暮らしを家族に提供し、
母は長いこと専業主婦だったが、娘たちが大きくなるに従って、パートやジム通いなど、外とのつながりも増やしていた。
妹は当時、公立中学校に通う中学3年生で、私は公立高校に通う高校3年生だった。

私も妹も受験を控えていたので、少しピリピリとした空気が家に流れていたが、家族仲が取り分け悪いとは思ったことはなかった。
年に数回は国内旅行し、父の勤続15年には、台湾に海外旅行にも行った。
週末は家族揃って、当時買い替えたばかりのエクストレイルに乗って、
大型ショッピングセンター(イオン・イトーヨカードー・コストコなど)へ出向き、買い物を楽しんだ。

よく自分を客観視しながら「すごく平均的な家族だな」と思っていた。
特別良い部分もなければ、特別悪い部分もない、そんな家族だった。

いつもの週末、いつものようにスーパーへ向かうため、運転する父と、助手席に座る母の後頭部を眺め(妹は自分と同じく、一つ後ろの後部座席に座りながら)、時折カーステレオから流れる、母の好きな福山雅治のラジオに耳を傾けながら、外の景色を目で追っていた。その時、忘れていた「あの夢」のことをふと思い出し、家族に向かって私は語りかけた。

「こないだ面白い夢を見たんだ」
最初は誰も返事をしなかったが、少し間を置いて空気を読んだ母が
「どんな?」
と返してきた。
「パパが不倫していて、その不倫相手が泣いてる夢」
(当時の記憶が曖昧になっており、本当は情景も含めて細かく夢について覚えていたのだが、今は「父の不倫相手が出てきた」ということしか覚えていない)
「何それ」
と母は苦笑しながら答えて、父は無言だったけど、カーブミラー越しに少し笑っているのが見えた。私は続けて
「いや、本当にリアルだったんだよね、すっごく泣いてた」
私はその夢がどのようなものだったのか、事細かに説明した。
家族は笑い飛ばし、変な夢だねという感じでその話は終わった。
またカーステレオから、性を刺激する福山雅治の声が聞こえてきた。

どのくらいか、恐らく数か月間が空いて、恒例の家族旅行に出かけていた。
父はそれなりに大手の企業勤めで、福利厚生が整っていた。国内旅行では父の会社の保養所に泊まることも多々あった。
今回もその保養所の一つで、千葉の、海がすぐ近くにあるコテージのようなホテルだった。
内装は少しバブルを感じさせる古いデザインだったが、泊まった部屋から見える中庭の噴水が妙に美しくて、今でもその風景をありありと思い出すことができる。

ぶどう狩りだったか梨狩りだったか何かアクティビティをしながら過ごし、最終日を迎え、家へとエクストレイルで向かった。
途中アクアラインのうみほたるへ寄ったことを覚えている。母がうみほたるの展望デッキにいるカメの置物にまたがって、何だかその姿が滑稽でおかしくて、ガラケーで写真を撮った。

次第に雲が厚くなってきて、雨がぽつりぽつりと降ってきた。車内でも大雨だと分かるほどに、車に雨粒が強く打ち付けていて、窓に流れる雨を目で追っていた。ふと前を見ると、いつもの母と父の後頭部が見えて、母は助手席でナビという役目も程々に眠っていた。父はひたすらに家へ向かってアクセルをふかしていた。
その時突然、
「この旅行が、家族最後の旅行になる」
なぜかそう感じて、とても切なくてやりきれない気持ちになった。
この時は何も知らなかったし、単純に次の日から始まる学校のことを思い出して、少しブルーな気分になったからかもしれない。
だけどすごく嫌な気持ちになって、やりきれない気持ちになって、眠ったふりをするかのように瞼を閉じた。
だけど中々瞼の筋肉は緩みを見せず、はっきりと「最後だ」と感じて少し泣いた。

それから幾ばくか経ち、父の不倫が発覚した。
「すごい、なんだかドラマみたい」
そのことを聞かされたとき、最初にそう思った。
自分の人生にそんなことが起きるとは、夢にも思っていなかった。

だけど、よくドラマで観ていた「普通の家族」は、そういう事実を知った時、感情的になり怒りをぶつけあったり、泣いたりしていたことが走馬灯のように駆け巡ったが、自分はとても冷静だった。
「これからの生活はどうなるのか?」
「受験勉強をしている場合なのか?」
「なぜ目の前にいる母は泣いてばかりで、自分のことを心配してくれないのか?」
涙は出なかった。

当時は他にも嫌なことが重なり、記憶が飛んでいる部分がある。あまりにもショッキングで嫌な出来事は記憶から消されていくのかもしれない。
色々と落ち着いてきて、一軒家を出て引っ越しをすることになり、引っ越しの準備をしているとき、ふと母に「予感、夢」の話をした。
予感の話は誰にも話していなかったので分かりようがないが、夢の話はしていたので、本当になったことを母と再確認し合いたかった。
「確かに、そんなこと言ってたね」
母はそう一言だけつぶやいて、それ以上何も言わなかった。

母にとって離婚は現実そのもので、私にとって離婚というのはまだ夢の延長戦のような気がしてる。
父とは母との離婚後一度も会っていない。離婚調停の手前に母が感情的になって、
「もう、子供には二度と会わせません」
と投げやりに言い、父は
「それでいい」
と返した。父は極めて冷静に答えていて、母の挑発にのったわけでもなくて、本当に私たちに会う必要がないと思っていた。

私はどこか冷静で、時折大胆でドラマチックな行動をとる父に似ている。


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