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生温い風

暑くて暑くて堪らず新宿の伊勢丹に駆け込み、エレベーター横に置いてあるベンチに座る。こういう人間のために置かれた自動販売機のコーラを横目にバッグの中で温くなった水筒の水をごくりと飲む。ひと息ついてから、エスカレーターで上がったり、階段で降りたり、あるいはエレベーターで屋上まで上がったり、誰にも縛られず方々を彷徨く。ここを出てから家に着くまでの間に感じるだろう暑さを紛らわせられるだけの涼を身体の中に溜める。買いたいものは何ひとつなかったし、何も買っていないはずなのに、何かを買った気分になって出口に向かう。二重の自動ドアの向こう側から儚い生を全うする蝉の声が聞こえる。身体に溜めたはずの涼は、バスから出る排気ガスに吹き飛ばされ、生温い風とともに消える。

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