[800字コラム] 空の飛び方
先日、海外出張の帰りのこと。機内食の後、客室乗務員に声をかけられた。
「ミズノ様でいらっしゃいますか」
「はい」
「いつもご利用頂きありがとうございます。今回お食事がご意向に沿わなかったようで誠に…」
「いや、頼んだ生姜焼き出てましたよ」
「えっ(ざわ…」
「美味しく頂きました」と笑顔を返す。
実は僕は正解を知っていて、真後ろのジジイが、搭乗直後からあーでもないこーでもないと客乗に絡んでいて、食事の時もいちいち文句をつけていたのが嫌でも聞こえてきたので、間違えられたに違いない。
僕はなまじダイヤモンド会員になってしまっているから、ややこしい客だと思われたんだろうけど、さりとて
「犯人はコイツです!」
などと言うわけにもゆくまい。
それにしてもこのジジイ、隣席の奥様に浅い知識を大声でひけらかしたり、僕の席を膝で押してきたり、意味もなくテーブルを乱暴に開け閉めして、衝撃がいちいち僕に伝わってくる。
それに怒るというより、旅慣れてない残念なお年寄りなんだなぁとむしろ同情した。飛行機にある程度乗っていれば、エコノミーが不自由だらけなことはもとより承知していようし、大概の迷惑行為は経験して自ずと気をつけるだろうから。
一方で、僕がいちいち注意したり、ジジイが逆ギレして喧嘩にでもなったりしたら、他の乗客乗員に迷惑だし、何よりジジイらにとって生涯最後かもしれない海外旅行が後味の悪いものになっていいものなのか、僕が我慢して黙っていて事が収まるのならば、その方がいいのだろうと思った。
僕は元来短気なのだが、この20年くらいかけて学んだのは、我慢と安目を売るのは違うということ。我慢以外に最善の解決策がないのならば、怒らずにいることも時には必要。
言い換えれば、僕が本気で怒る時にはそれなりの理由があるということでもあるのだが。
とまれ、こうした場面で迷惑なことを指摘するべきか、黙っているべきなのか、結論は容易には見えずにいる。