僕の夢物語3 名人の系譜6 第6話 棋王戦始まる!
因縁めいた話になるが、僕が棋王戦挑戦者になる契機となった大山十五世は棋王位には縁がなかった。
名人をはじめ各棋戦を制してきた巨人が、唯一獲得することができなかったのがこの棋王位である。
タイトル戦最年長の66歳で棋王位に挑戦するもこのタイトルを奪取することはできなかった。
その棋王戦に、大山十五世の幻影を脳裏に宿す僕が挑戦する。誠に因縁めいた対局である。
対局は、大方の予想を裏切り、僕が初戦をものにした。
アマチュアの高齢者と油断したわけではないだろうが、いつもの藤棋王の出来ではなかった。
流石に、第2局、第3局と藤棋王が本来の力を発揮し、2勝1敗と防衛に王手をかけた。
そのまま、第4局で藤棋王が勝利し防衛するかに思われたが、第4局は、終盤まで互角ながら、藤棋王の強烈な攻めをしのぎ、受けの好手から藤棋王の緩手を咎め、最終盤でやっと僕が優勢になり、勝利した。
その結果、ほとんど誰もが予想しなかった第5局が行われることになった。
僕の地元の夢野市では、棋王戦第5局の話題で持ちきりになっていた。
希望的に過ぎる期待が現実のものとなり、歓喜の渦に包まれ、全市あげての準備が進められた。
太平洋を見下ろす国際観光ホテル夢野では、棋王戦第5局の開催に向けて慌ただしさを増していた。
この会場から地元出身の新しい棋王が誕生するかもしれないという期待に誰もが心浮き立ち、準備に余念がなかった。
対局前日は、市長はじめ夢野市の人々から驚くほどの歓迎を受けた。
流石に、これ程までしていただけるのかと恐縮するほどの歓迎ぶりだった。
ある意味僕より彼らの方が興奮していたし、我がことのように歓びに溢れているようだった。
棋王戦予選から密着しているドキュメンタリー番組のビデオカメラも余すところなくその様子を映しこんでいた。
後日その様子をテレビ放映で見て、改めて地元の人々の熱い思いに感謝の念が呼び起こされ、不覚にも涙することとなった。
僕は、対局を翌日に控え、慣れ親しんだ夢野市の海に沈みゆく夕日を眺めていた。
夢野市は、この時期天気が良ければ、だるま夕日が見られる。
だるま夕日というのは、冷え込みの厳しい冬の日の夕方に見ることができる。
水平線まで晴れ渡った太平洋に沈む間際の夕日が蜃気楼のように揺らぎ、赤くかがやく海面から空蝉の太陽がせり上がり、本物の太陽とつながって神秘的なだるまが現れる。
このだるま夕日は極めて条件のいい日にしか見られないことから、だるま夕湯を見ることができれば、幸運をもたらすと云われている。
まさに幸運の夕日なのである。
僕も何度かだるま夕日は見てきたが、これほど見事で美しいだるま夕日を見たことがなかった。
それは明日の対局の行方を予感させるもののようにも感じられた。
落陽の後の静かに夜の闇に包まれていく海を見ながら、僕は、明日の対局に向け力が漲っていく不思議な感覚に包まれていた。