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少年の国

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太平洋戦争が終わり、祖国である朝鮮半島へむかった少年、金海守(きむへす)の自伝的小説パンチョッパリ完全版。
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2015年4月の記事一覧

少年の国 第4話戦時下の暮らし

●戦時下の暮らし  戦争の推移は、今では誰でも知っているように、日本の敗色がどんどん濃くなっていった。もともと無謀な戦争である。人々の暮らしも当然のように苦しくなっていく。とくに食糧の確保は一番の問題だった。  その点、わが家は他の人々より恵まれていたようだ。詳しい経緯は分からないが、父は時にどこからか牛を丸ごと一頭手に入れてきて、近くの山の中で処理し、それを売っていた記憶があるからだ。そんな時の父は上機嫌で、僕にも「食べろ、食べろ」と肉を分けてくれる。母もにこにこしてい

少年の国 第三話 朝鮮から日本へ…

●第三話 朝鮮から日本へ…  僕が生まれて間もなく戦争がはじまったのだから、子ども心には戦争が普通のことになってしまっている。 それ以外の楽しい思い出なんかほとんどないのが当たり前だが、ただ唯一、楽しかったことがある、それは映画に連れて行ってもらったことだ。誰に連れて行ってもらったのか正直覚えていないが、映画館の暗がりと、スクリーンの脇に弁士がいて、小気味よいテンポで映画の内容を説明していた事だけ覚えている。  多少歴史を調べてみると、昭和十年代になると、無声映画は姿を

少年の国 第二話国民学校Ⅱ

嫌がらせはそれからも続いた。だれも遊びに誘ってくれることはない、僕から近寄って行くと、「うわ、朝鮮人が来た、にんにく臭せえ」と、鼻をつまんでみんな離れていってしまうし、さらには通りすがりに殴ってくる奴まで現れる始末だ。 そんなある日、家に帰った僕は思い切って母に思いを打ち明けた 「お母さん、僕、金じゃなくて岩田がいい」 夕飯の支度をしていた母は、手を止めると眉をしかめて僕を見た 「僕、金って名前、もう嫌だ…」 「学校で何かあったのか?」 「いや、べつに無いけど…」

少年の国 第一話国民学校

第一章 戦時中の記憶 ●国民学校と戦火の中 その日、僕の足取りは少し緊張していた。国民学校(小学校)の入学式に向かっていたからだ。初めての体験はだれでも緊張する。同時にどこかわくわくする気持ちにもなるはずだ。それが、緊張感が先にくるのには理由がある。それは今日から僕の名前が変わるせいだ。 それまでは「岩田」という日本ではごく普通の名前だったが、学校では「金」と名乗るように父から命じられていた。それがなぜだか当時の僕にはわからなかった。 「お前の本当の名前は『金』という

少年の国 プロローグ

『少年の国』著者 金水龍 イラスト・執筆協力 松田のぶお  ●プロローグ   この少年の物語は、昭和二十年の夏に始まる。 八月中旬のある日、その年四月に入学したばかりの国民学校で集められた子どもたちは、以後しばらくの間登校する必要のないことを告げられた。理由は分からなかったが、ともかく学校に行かなくていいのは何とも解放感があった。 入学以来味わってきた「いじめ」は執拗なものだったし、そのことから解放されるだけでも嬉しくて仕方がなかったのである。帰り道は、心が躍るようで