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マルヤマウエア 木畑考生さんを訪ねて

こんにちは、のぶちかです。

さて今回のnoteは、マルヤマウエア 木畑考生さんのインタビュー記事となります。

初めてInstagramで木畑さんの作品を拝見した時は、日本六古窯である備前(厳密には備前の隣の和気町)という焼き締め一大産地において平然と施釉陶器に挑戦される猛者を発見した!という驚きの感覚の方が強かったのですが、それから1~2年後のInstagram内に現れた作品は単なる施釉陶器としてではない新鮮さを帯びており、そこに私は強く惹きつけられたのでありました。

それからほどなくして工房をお訪ねしたのですが、インタビューに答えて下さる木畑さんからは備前焼や陶芸を愛する気持ちが溢れ出し、とても熱く丁寧に色々な事を語って下さいました。

そして2023年7月15日からはJIBITAでの初個展も始まりますのでぜひその前に御一読頂ければ嬉しいです。

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陶芸へのきっかけ

焼締め用の登り窯

のぶちか
 御実家が備前焼をされてたんですか?

木畑さん
 いえ。ここは備前市の隣の和気町なんですけども、僕はもともと実家が備前市で、もう家から2、3歩散歩のところに備前焼屋さんがいっぱい並んでる様なところで育ちました。
 その後、神戸の大学に進学して建築を勉強したので、大阪の建築関係に就職したんですが、大学の頃からずっともの作りをやりたいと思ってて。
 ただまあせっかく建築の勉強をしましたし、建築ももちろん好きだったんで、そのまま就職したんですけど結局、悩み続けてて…。
 そこで、人生一度きりと思って焼物の世界に飛び込む為に備前に帰ってきました。備前には備前焼の学校みたいなところがあるのでそこに1年通って、その間に地元の作家さんのところへ学校出た後の事とか相談しに行ったら、

「だったらうちにおいでよ」

 と、言ってくれたところが結局、修業先だったんです。そんな流れで伊勢崎淳先生(人間国宝)のところで9年ぐらいお世話になりました。それがもう実家から歩いてもう2軒隣くらいのところで笑。
 だからちっちゃい時よく遊びに行ってて笑。まあもうよく知ってるおじちゃんだったんですけど。

のぶちか
そうだったんですね!すごい!

修業時代

木畑さん
 淳先生って割りと自由というか放任主義じゃないですけど、別に何か口うるさく言う感じじゃないんですよ。
 ただ、自分で勉強しようとしない人には、別に後で苦しむだけよみたいな感じで。ああしろこうしろとは言わない方でしたね。
 修業時代は8時から夕方5時迄は先生の仕事の手伝いで、土を作ったりとか下準備をしていました。それから5時以降は自由な時間だったんで、大体ろくろの練習とか何でもして良かったんですけど、僕は結構釉薬に興味があったので釉薬研究をしてました。
 でも先生は別に何も言わないし。まあそれが結局、今になって活きているみたいな感じなんですけど。もちろん焼き締めも大好きだけど、同時並行で釉薬のテストを結構やってましたね。やってたら先生が、

「あんた何しとん?」

 みたいな感じで、ちょっと興味持ってくるみたいな笑。

のぶちか
 そうなんですね!(伊勢崎家が)名家というところにあって、昔ながらのそれを踏襲させようとしなかったというが(凄いですね)。

工房にて

木畑さん
 先生は常々、

「伝統は新しい事の積み重ねだ」

 みたいな事を仰っておられたので、新しい事をしようとするのはむしろ奨励している感じでした。
 ただ、時々それでも何かしょうもない事をしようとしてると、ちょっとひと言正してくれるみたいな感じでうまく導いてくれましたね。今でも自分の中での礎というか基本になってる先生のお言葉があって。たぶん修行2年目ぐらいでちょっと慣れてきて調子乗って来る頃だったんだと思うんですけど、その頃にろくろを結構毎日練習してまして。その練習して作ったものが良ければ大きな穴窯の端っこにスペースがあったら入れてもらえたりするんですよ。
 だからアピールの為に工房の入り口の辺にその作ったやつをポンって置いて、先生に見てもらうみたいな感じで。腰の高さまである結構大きな首の細長い花入れで、もうその時の自分の最高峰みたいな技術の粋を集めた作品ができたんで、めっちゃこれ見よがしに置いてたら先生がガラガラって入って来られて。
 で、パッとこう目に付くじゃないですか。
 で、ひと言、

「綺麗だなぁ」

 ってボソッと言ったんですよ。

 で、もう僕めっちゃドヤ顔になって笑。そしたらすぐ、

「まあでもそれだけだけどなぁ」

 って言われて…。
 結局、綺麗っていうのは線がまっすぐだとかラインが綺麗だとかっていうのはただの要素で、別に綺麗っていうのはただの事実なだけで、そうじゃなくて

「美しいものを作りなさい」

 と言われて。
 つまり、人の心を動かすっていうのはその素材に合った綺麗さだったらいいんだけど、まあ備前焼という土ものでそういう綺麗なものってまあ綺麗なだけで。

「上手だね」

 で終わるから。
 もうその瞬間なんか自分の中でガラガラって崩れて、そこからもうずっと、

『美しいってどういう事だろう?』

 みたいのが今でも呪縛の様にあって。
 でもそれがよく振り返るきっかけの言葉になったんですよね。

のぶちか
 たくさん言葉をかけられるよりも…。

木畑さん
 そうです。本当に忙しい先生だったから工房もほとんどいない時が多いし、なんだったら弟子に興味ないんじゃないかなって思うくらいに会話が無かったんですよ笑。
 でも、たまにそうやってひと言ふた言、ちゃんと見てるっていう感じで。なんかすごく心の奥底を見透かされた様な感じで。
 でも本当にその数回のやり取りだけでも充分というぐらい、技術指導なんかよりも全然意味があったなぁという感じでした。そのお陰で迷わずに済んでいるなぁって。

のぶちか
 淳先生は結構アヴァンギャルドな造形をされてましたね。

木畑さん
 どっちかと言うと前衛とも違うけど伝統的な感じでもなく割りとそのオブジェよりで、備前の王道ではないですね。

施釉の理由

のぶちか
 王道でないと言えば、木畑さんも備前出身で施釉をされてますが何かきっかけがありましたか?

木畑さん
 僕の作品はもちろん備前焼と思ってないから備前とは言ってないんですけど、やっぱり備前が好きなので実はいつか僕も焼き締めをやりたいと思いながらやってます。
 ただ、なんか釉薬ものと焼き締めは別ものと考えられがちですけど、同じ焼き物だし化学的に考えると理屈は一緒なんですよ。釉薬の知識を持って焼き締めをやれば実は結構やれる事が色々分かってくるので、自分はそういう部分を研究する感覚で進めたいなと。
 その為には一旦、備前に捉われずぶっ壊れた方が良いんじゃないかと思って、好き放題やってやろうみたいな感じでここ(和気町)に来ています。

のぶちか
 木畑さんのインスタは何年か前に初めて拝見して、その時に施釉陶器でありながら制作拠点が備前なんだと思ってかなり驚いたんですよ。

『ちょっとこれからどうなるんだろう?』

 と思ってそれからずっと拝見していたんですが、もうなんかこう、どんどんブラッシュアップされてますね!

木畑さん
 当初からやっぱりブラッシュアップは絶対必要だなと思ってて。まず修業中は焼き締めじゃないですか。
 だからまあ釉薬なんて僕はやっぱり出だしから出遅れてる訳ですよ、要は独学だし…。
 ただ技術的なノウハウは後からついてくればいいし、自分がやりたい事に対して必要な物を取り入れて、自分のやりたいところに行く為のブラッシュアップみたいな感じではありました。

のぶちか
 最も衝撃だったのが三島(≒印花の絞手)だったんですけど、三島でこんな表現がまだ可能だったんだって驚いて…。

「絞手」の皿(左)とポット(中)

木畑さん
 修業時代に茶の湯に興味をもって、お茶の世界にはまってたんですよ。
で、お茶って独特の世界でやっぱり決まり事ってめちゃくちゃあるじゃないですか。茶碗ひとつとっても決まり事があるし、ただ決まり事がある故の美みたいな・・・。すごく色々とそういうのも考えて勉強してたんですね。
 で、例えば一般的な三島手のイメージってもっと和っぽい感じですけど、三島手って別に決まり事があるわけじゃないけど皆なんとなく三島って言ったらこうだよね、みたいな感じがありますよね。

 でも僕は別に自由で良いのになぁとずっと思ってて。
 で、もともと柄物がすごい好きで、自分の中で柄物をどう表現するか?っていうのが一番最初からずっとあったんです。そこから自分の中にぼんやりとある柄を焼き物で表現するとなると、どんなやり方が良いかな?って。
絵付けはさすがに自分の中で技量がなさ過ぎるので、色々なやり方を考えた時にハンコで押す三島のやり方がしっくりくるなと思って、最初テストやってたんです。
 で、ある時に形になった時に

「キタ!」

 と思って。

 で、これは技法的に象嵌と呼んでもでもいいんだけど、まあなんか『洋風三島みたいなのもあっても面白いな』、と思って三島として打ち出しました。

のぶちか
 いや本当に「洋風三島」って非常に分かりやすくて…。

木畑さん
「洋風三島」とかちょっとなんか「かわいい」をいかに表現するかみたいなテーマだったりするので、まあなんか「ラブリー三島」とか言ってもいいのかな、とか笑。

のぶちか
 いやぁ、でも三島には本当に衝撃を受けて。それからあれよあれよと作品を散見する様になったので、

「あっ、これはもう急がないと!」

 と思いまして、先日急遽、お邪魔した次第です笑。

土の事

のぶちか
 ベースの土は色々あるんですか?

木畑さん
 色々あります。ざっくり言うとブレンドした基礎土を2種類使ってるんですね。白系の土と赤い土がって、かける釉薬を使い分けてます。白系の土が多いんですけど、白系の土には丸山(工房一帯の地域)の土を混ぜる事でちょっと鉄分とか黒っぽい味わいが出る様にしています。そうして焼き上げるとちょっとクリーム色が出て丁度良いなぁと思ったんですけど。

のぶちか
 もう磁器土ベースなんですか?半磁なんですか?

木畑さん
 いえ、磁器土は強くする為だけに入れてるだけで、ベースは陶土です。磁土も土の種類によっては結構入れてるものもあるんですけど、ベースは陶土です。土だけだとちょっと漏れやすくなるので、そこに磁土を入れる事によって少しそれも防げるし、あと陶土だけだと洗ったり手に持った時にやっぱりちょっと弱いな、という感じがあるので磁土を混ぜる事によって少し強くするという、まあそんな感じですね。
 ただ入れ過ぎない様にバランスは気を付けてはいます。

コンセプト 

のぶちか
 作品のコンセプトがあれば教えて下さい。

木畑さん
 例えば和食器とか洋食器ってジャンルがありますけど、その辺の線引きを曖昧にするのをテーマにしています。
 例えばよくある和食器の輪花皿は輪花の部分が下に凹んで、洋になるとデザイン的に上に膨らむパターンが多いんです。

 東洋のデザインの概念と西洋のデザインの概念は全然違って、東洋っていうのはいかに自然のものを利用して美しくするか?みたいな感じで、西洋の考え方っていかに自然を制するか、みたいなところなんです。
 東洋っていうのはやっぱりその手仕事の捉え方も自然を利用しての工芸ですけど、西洋になるとそういう手仕事というよりは工場制の仕事みたいな感じですね。
 例えばお皿なんかも食器棚に重ねた時に1㎜もズレがないのが美しいっていう考え方なんで、手仕事である必要がないんですよ。機械できちっと作っていかに揃うかっていうのが洋食器の考え方なんです。
 だから例えば西洋の人に日本で1番ろくろが上手な方が作った洋食器を見せても、

「あー、なんか歪んでて良いね」

 って言うと思うんです、たぶん。
 でも日本では割りとそういうものでも洋食器って言ったりするんですけど、なんかそれが面白いなって。
 だから敢えてそこの境界線を越えて何か作っていくのが僕は面白いなぁと思って、和食器とか洋食器を越えたところを狙っているんですけどね。

のぶちか
 西洋では機械で作る部分を木畑さんは御自身の手で作られて…。

木畑さん
 結果的に手で仕事をしてますけど、結局自分の手を使うのが一番都合が良いからやってるだけなんですね。
 例えばボタンを押したらポンってお皿が出来上がるなら全然それで良いわ、って思うタイプなんですよ。

のぶちか
 でもそのボタンひとつでポンと出てきてしまう形だと、

「もうちょっとここ緩くしたいんよ」

とか…。

木畑さん
 自分の中のテーマで「曖昧」っていうところもあって、何かその自分の思う美しさとかニュアンスっていうのが、やっぱり機械じゃ無理っていうか、そういう意味での手仕事の魅力みたいなところではあるんですけど、結局は手が1番便利な道具みたいな感じですよね、頭から直通でつながってるから。

のぶちか
 もしかしたらその日の気分で、今日はもうちょっとこうしたいとか変わるかもしれないですもんね。それが画一化された規格でボタンひとつだと…。

木畑さん
 それはあるかもしれないですね。そういうアーティストじゃないですけどひとりで作るのが都合が良いとか、それぐらい何か色んな複雑な要素が絡み合ってアウトプットされるからしょうがないのかな、みたいな感じですね。

のぶちか
 一見、非効率な様でいて作りたい理想に対しては一番効率が良い…。

木畑さん
 まあそうですよね。

のぶちか
 ちなみにこの辺りの印花とか彫りっていうのは型ベースなんですか?それとも…。

木畑さん
 1個1個ハンコを押していきます。これは8種類のハンコを使い分けてますね。

のぶちか
 先ほど、できればボタンひとつの方が良いって言われてたので、てっきり石膏型の方に彫りをしておく事で(型から剥がせば出来上がり)…。

木畑さん
 このパターンが永遠のパターンです、みたいになればそういうのを作ってこうぐっと押し付けるのも良いんでしょうけど、案外それをやったらなんか違っちゃいそうで。
 やっぱり全部の柄を均一に見せたいわけじゃなくて、元々少しずつ変化があるものを理想としてるんで、面倒臭くても1個ずつ押す方が結局、都合が良いんですよねぇ。

絞手

のぶちか
 木畑さんの「絞手(しぼりて)」は独特な表現ですが、どんな背景から生まれたんですか?

木畑さん
 このブルーが入ってるものを「絞手」と呼んでいます。絞手は昔の茶人が使った事があるものが現代にも残っていて、昔の安南、今のベトナムの一部で作られた呉須が特に滲んだものが絞手と呼ばれています。呉須の色を藍色として、その藍が滲んだ感じだから絞手なのかなって。
 まあでもこの100年ぐらいで日本の文化って西欧文化の影響で大きく動いてますけど、100年前まではまだほぼ和の文化だけじゃないですか。「衣食住」って言うぐらいそこが全て繋がってて、例えば器も季節を取り入れて、もちろん服もその季節が出てて、そこが横で繋がってるから、着物の柄なんかも日本の文化が反映されて、その集大成が茶の湯だったんですけど、結局、日本のその横の繋がりは半端じゃなかったと思うんですけど、ここ100年でそれがたぶん薄れてしまって。
 ただ、昔の着物の柄を見てると本当にすごくて。たぶん僕、そういうところにものすごい影響を受けてます。着物もその織り方、染め方だけでものすごい種類があるし、その織り方ひとつとっても立体感の出し方は糸の使い方で表現方法が変わるし。
 海外のものも好きなんですよ。敷物なんか見ててもやっぱりものすごく面白いし、たぶんそういうものが色々と混ざってマルヤマウエアのベースになってる気がします。

のぶちか
 いやぁ…、素敵です。やっぱり焼き物だけしか知らないというのもですね…。

木畑さん
 絶対そうですね。僕も弟子時代はすごい古い焼き物とか見て写したりとか、技術的に取り入れたりとかしてましたけど、弟子を終えてからは焼き物を1番見てないかもしれないですね。
 やっぱりちょっと直接的過ぎるから、焼き物以外の事からの刺激だけで充分っていうか、むしろそれぐらいの方が良いバランスなんです。何かそういうちょっと遠くにあるものの方が、いつも頭の中にぼんやりある『素敵だなぁ』っていうのを形作ってくれるんですよね。


―終―


インタビュー:2022年2月17日

◆「マルヤマウエア 陶展」
会期:2023年7月15日(土)~20日(木)
作家在廊日:7月15日(土)
会場:JIBITA
オンライン個展:個展終了後(詳細未定)

⇩マルヤマウエア Instagram
https://www.instagram.com/maruyamaware/?hl=ja

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